第30話 いつか来てみたかったんだ

 地下鉄を降りて外へ出る。街からは少し離れたみたいだった。

「茜君、こっちだよ」

 そう言って、小さなお店が並ぶ道沿いを歩いていく。前を歩く背中に声をかけた。

「波瑠、何かあったのか?」

「何かって、どうして?」


 そう聞かれて言葉に詰まった。ふと見せる表情が寂しそうに見える。いつもより目が合わない気がする。だけど、そう思うのは全部俺の気のせいなのかもしれない。残念なことに、人の些細な変化に気が付く様な繊細な人間ではないと自負している。だから思ったことを口にしたら、的外れなことを言っていると首を傾げられてしまうかもしれないと思った。


「いや、やっぱり何でもない……」

「ふふっ、心配しなくたって大丈夫だよ。今日、久しぶりに茜君とデートが出来て、私はとってもハッピーなんだから」

 そう言って波瑠は振り向いて、笑顔を見せた。大丈夫、だよな……きっと俺の思い過ごしなんだ。


「着いたよ。このお店が最初の目的地」

 波瑠が立ち止まったのは、白い木目調の外観のお店だった。店先にはヤシの木が真っ直ぐに伸び、サーフボードが飾られている。メニューボードにロコモコやパンケーキの写真が貼ってあるから、きっとハワイアンカフェなんだろう。


 中に入って案内されて席に座る。波瑠はテーブルに置かれたメニューを開くのではなく、近くにいた店員を呼んだ。

「すいません、『スウィートラブパッションパフェ』ってまだありますか?」

 店員はちらと俺に視線を向けた。そして波瑠に微笑む。

「ええ、ございますよ」

「じゃあそれを一つ、お願いします」

 店員が離れて行ってから、俺は声を潜めて言った。

「なんかすごい名前のやつ頼んでたな」

 それに店員にもなんか見られたし。

「あのパフェはね、カップル限定のメニューなんだよ。前にテレビで見て、いつか来てみたかったんだ」

「カ……!?」

 あの店員の視線はそういう意味だったのか。

 

 やってきたパフェは、ハート形のアイシングクッキーや飾り切りされたフルーツでデコレーションされていて、なかなかな見た目だった。

「うん! 美味しい!」

 頂点のストロベリーアイスを一口食べた波瑠は、嬉しそうに頬に手を当てた。

「ほら、茜君も食べなよ。美味しいよ?」

「あ、ああ……」

 世の男女はこんなすごい見た目のものを好き好んで食べに行くのか。驚きを通り越して、感心するまである。

「ラブラブな私達にピッタリのパフェだよね。ね、ダーリン?」

 戸惑っている俺をからかうように波瑠は微笑んだ。

「何だよダーリンって」

「ほら、あーんしてあげよっか?」

 波瑠はアイスを一匙すくって目の前に差し出した。面白がって。

 俺はそれを口にした。

「ああ、見た目ほど味は甘ったるくないんだな」

 動揺してみせたら負けだ。ずっとからかわれてたまるか。

「……まさか、本当に食べるとは思わなかった」

 自分から仕掛けてきたくせに、スプーンをひっこめた波瑠は少し顔が赤くなったみたいだった。その表情を見て、俺まで顔が熱くなった。


 波瑠が半分以上食べてくれたおかげもあって、グラスは空になった。甘さ控えめのクリームや、底に入ったコーヒーゼリーのおかげで、思ったより食べやすかった。

 食後の紅茶を口にして、ふうと一息を吐く。波瑠もカップを置いた。

「パフェ美味しかったね。もうお腹いっぱいだよ」

「まああれだけ食べたらな」

「ウエスト、大丈夫かな……」

 そう言って波瑠はお腹をさする。

「次は服を買いに行きたいの。前にネットで見つけてほしいのがあってね。ちゃんと着られるといいけど……」

「大丈夫だろ。たった一食くらい」

 波瑠の表情はパッと明るくなった。

「そう……そうだよね! じゃあ紅茶飲んだら行こうか」

 コロコロと表情が変わる波瑠はとても可愛くて、愛しく思った。

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