第5話 買われてあげてもいいよ
「は……」
予想外の返答に思わず声が漏れた。金目的じゃないって言ってたじゃないかよ……なんだ、結局人っていうのは金が全てなんだ。こいつは違うんじゃないかって、そう思ってたのに。
まあ、いいや。金なんて別に必要ないんだから。
「いくら欲しいんだ」
「百円」
「は……?」
俺の反応を見てハルは照れたように笑った。
「だって、このまま終わりにしたら、私達本当のデートをしたことになっちゃうでしょ? 今日はすっごく楽しかったけど、だからこそ、レイ君の初デートを私が奪っちゃうのはよくないなって思ったの。レイ君がお金で私を買ったってことにすれば、本当の初デートは好きな人とするときに取っておけるなって」
本当のデートにしないために自分のことを金で買わせるって、どういう発想だよ。
「……あんた、本当に頭おかしいんじゃないか?」
俺は財布から百円玉を取り出して、ハルの手に乗せた。
「これでいいか」
「うん! あと、せっかく私を買ってくれたハル君にはプレゼントがあります」
「買ってくれたって……」
ハルは四つ折りになったメモ用紙を渡してきた。
「私からの手紙。恥ずかしいから家に帰ったら読んでね」
「手紙っていうより紙切れなんだけど」
「もう! だってちょうど持ってたのがそれしかなかったんだもん! 私のことを後から思い出してもらえるように書いたんだ。ちゃんと読んでよね」
ハルは立ち上がった。そして俺の方を見る。
「じゃあ私は行くね。また会った時は、買われてあげてもいいよ」
「何だよそれ……」
「バイバイ」
そう言ってハルは歩いて行った。
ハルの背中が見えなくなるまで、ただぼんやりとその姿を目に映していた。突然現れて、俺の感情を引っかき回して去っていく。ほんと、嵐みたいな奴だった。俺は今日、死のうとしていたんだぞ。それなのに今日がこんな終わりを迎えるなんて、昨日の自分は思いもしなかった。
気が付けば辺りは夕焼けに染まっていた。長い時間、ぼうっとしてしまっていたみたいだ。
「おい
その声に顔を上げる。そこに立っていた男の顔を見て一気に現実へ引き戻された。茶色がかった長髪で歳は四十くらい。真っ黒なスーツを着込み、ほのかに煙草の匂いがする。
「なんでここにいるんだよ」
吐き捨てるように言う。
「なんでって、わざわざ迎えにきてやったのにそんな態度はないじゃないか。茜のそのスマホ、ちょっと細工がしてあって位置情報が俺のスマホに送られてくるようになってるんだよな」
俺はスマホを振りかぶった。
「おっと、そのスマホ高かったんだよなぁ。弁償するにはもっと働いてもらわないとな?」
「クソッ……」
仕方なく腕を下ろした。
「引きこもりの茜がこんな時間まで外に出てるなんて珍しいじゃないか。何かあったのか?」
「あんたに言う筋合いはない」
「そんなのひどいじゃないかよ。俺と茜の仲だろ?」
「雇用者と被雇用者の関係でしかないな」
「はあ、まあ茜が素直じゃないのは昔からだからな。世間話はこのくらいにしようか」
そう言って一息つく。その瞬間、圭の纏う雰囲気が変わった。
「仕事の時間だ。車に乗れ」
有無を言わせない威圧感。このピンと張り詰めたような空気感は仕事を始めて二年も経つのにまだ慣れない。
嫌だなんて言えるはずもなく、近くに止められた真っ黒なバンの後部座席に乗り込んだ。
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