第29話

黒々とした豊かなストレートヘアを背中に流し、顔が小さくてとても可愛いらしい女性だった。

和真さんはその女性に見向きもしなかった。

「行こうか」

肩を静かに押された。

「和真さん?」

首だけ捻り見上げると、今まで見たことがないくらい怖い表情を浮かべていた。

「なんで無視するのよ」

女性が声を荒げた。

お酒が入っているのか呂律が回らず足元がふらついていた。

「ちょっと香凛かりん!」

「みっともないから止めて」

友だちと思われる二人の女性が慌てて止めに入った。

「それがフィアンセに対する態度?信じらんない」

人目を憚ることなく大きな声を張り上げた。

「あれ~~」

じろじろと好奇の眼差しを向けられた。

「もしかしてその子、副島が言ってた子?下賎の変な生き物を連れて歩いて困ってるって言ってたけど………本当、女みたいで、気色悪い」

馬鹿にするように鼻で笑われた。

悔しくてズボンの生地をぎゅっと握り締めた。

遊木ゆぎさん、あなたと婚約した覚えは一切ない。それに馴れ馴れしく名前を呼ばないでくれ。行こう四季。相手にするだけ時間の無駄だ」

宥めるように彼の手が静かに重なってきた。

「和真さん」驚いて見上げると、

「俺を名前で呼んでいいのは四季だけだ。ごめんな、嫌な想いばかりさせて」

「昔から女みたいだって言われていたから。気にしてないから、大丈夫です」

和真さんに余計な心配を掛けたくなくて。

わざと明るく振る舞った。

「あっ、そうだ!美味しいメロンパンがあるってきよちゃんが話していたんです」

「じゃあ買いに行こうか?」

和真さんがようやく笑ってくれた。



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