第3話

「えっと………あれ…………?」


緊張しすぎて自分の名前を度忘れしてしまった。こんなことってはじめてだ。

まばたきを何度も繰り返し、スボンの上で両手を擦った。


「ごめんなさい」


申し訳なくてうつ向くと、濡れたままだった髪をそのまま優しく拭かれ、僕は慌てて頭を振った。


「だ、大丈夫です」


一人で出来ます、と伝えたつもりが「いいから」と受け流され、そのままタオルで髪を拭かれた。

僕は真っ赤になったまま、顔もあげられず彼がするに任せた。

撫でるようにかき混ぜるように髪を拭かれるたび、柔らかで清潔な香りのするタオルの感触と、それ越しに伝わってくる指の感覚に耳まで熱くなった。

人に髪を拭かれるなんて、まるで子どものようで恥ずかしいのに、一方では気持ち良くて、ずっとこうされていたなってしまうと思う自分が不思議だった。


「いちいち謝る必要はない。全くの赤の他人に全然知らないところに連れてこられて、緊張しないわけがない。そうだ、何か温かい飲み物でも用意しよう。お腹は空いていないか?」


「はい、大丈夫………」


そのとき、グググ~とお腹から派手な音がした。タイミングが悪すぎる。これじゃあ、恥の上塗りだ。ますます顔を上げられずにいたら、


「簡単なものだったらすぐに準備出来るから、ちょっと待ってろ」


苦笑気味に笑いながら、すっと立ち上がると奥の台所へと向かった。

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