ぶっとばすぞおおおおおおおおおおお

@yakumoiori

隣村の夜闇の話

 田舎の夜の闇って、すぐ隣の村に行っただけで、ちょっと質感違うんですよね。

 いえ、私、生まれと育ちが結構な田舎でしてね。家の裏は直線距離で50メートル行くか行かないかの所に山の木々が迫ってきていて、先祖代々の墓がある墓地は村内のどの家からでもだいたい歩いて10分かからない程度の山の中腹にあるっていう、そういう田舎。

 そんな田舎だったから農家の次男だった祖父の実家が同じ村内にあって、これまた農家の次女だった母の実家は山沿いの道を回り込んで山向こうの隣村にあるっていう、そんな狭い範囲の親戚付き合いも生活の一部っていう感じだったんですよ。

 その母方の親戚、従兄のK君の家なんで、K君の家って言いますか。K君の家に泊まりに行った時の話です。確か小学校4,5年くらいの時でしたね。


 隣村の秋祭りに遊びに行ったついでに、ちょうど明日学校も休みだから泊まらせてくれないか、って大人たちに頼みまして。祭りの規模感からして自分の村より大きくて賑やかなんで、祭り自体も楽しみだったんですが、やっぱり一番の楽しみはK君の家でした。

 私の家よりもあからさまに、と言うか、まあ、大人になってから考えてみると少しだけっていう程度だったと思うんですけれど、K君の家って私の家より裕福だったんですよ。で、そうなると当然違ってきますよね、子どもの玩具とか漫画とかに掛けられる金額が。

 そんなわけで、祭りから帰ってきた後の夜もK君と一緒にゲームしたり漫画読んだりプラモ見せてもらったりで小さな非日常を満喫していたんです。ただ、流石に夜の11時くらいを過ぎちゃうと、叔父さんが「早く寝なさい」って言いに来る。

 それで、口では「はーい」とか言うんですけれど、やっぱり名残惜しい感じが行動とかに出ちゃいましてね。K君も私も、ダラダラした感じになって中々片付けとかに入らない。そこで、叔父さんがボソッとこう言ったんです。


 「遅くなると、変なのが来るよ。」って。


 「変なのって?」と、私は聞き返したんですが、叔父さんは「変なの、だよ。」と答えながらそのまま行っちゃいまして。K君も「もう寝るぞ。」ってささっと片付けに入ったんで、その日はもうそれで寝ることになったんです。

 私はてっきりK君と同じ部屋で寝ることになるかと思っていたんですが、何か母親が事前に夜中にトイレに行く音がドタドタうるさいだの、いびきをかくことがあるだの、私に関してあることないこと言いやがったみたいでしてね。同じ部屋で眠るのをK君が嫌がりまして。ちょうど高校生のお兄さんが部活で泊りがけの大会があるとかで、空いていたお兄さんの部屋で寝ることになりました。当然、一人です。

 小学校4、5年生ですからね。少し落ち着かない感じはありましたが、怖いと駄々を捏ねるような齢でもないんで、歯磨きとトイレを済ませたら、お兄さんの部屋に入って明かりを常夜灯だけにして、スッとそのまま布団に入りました。


 それで、夜遅くまで散々遊んでいたから、割とすぐ寝付けるだろうな、と思いきや中々そうもいかなかったんです。同じような田舎の村と言っても、やはり普段とは違う家、それも隣村となると、家の中に染み入って来る夜の質感、とでも言いましょうか。カーテンの隙間から差し込んで来る月明りから、周囲の虫や鳥の鳴き声は勿論のこと、空気の匂いまで少し違うかもって、一人、暗い部屋の中でじっと寝転がっていると、そういうことがしんしんと頭の中に積もってくる。

 で、そんなことをしても余計寝付きが悪くなるんじゃないかと思いつつも、ときどき思い切って目を開けてみてはチラッチラッと部屋のあちこち、特に窓の方を見たりしていました。要はビビッてないぞ、怖くて眠れないわけじゃないぞ、という子どもの心理だったと思うんですけれど。

 そうこうしている内にどれくらい時間が経ったでしょうか。時計の、蓄光で光る文字盤の方は、「もう何時間も眠れていない!」って具体的な嫌な気分になるのが嫌で敢えて見ていなかったんですが、ひょっとしたら一度数時間眠っていたかもしれません。それで、なんか雰囲気が、自分の体の感覚含めて色々な何かがおかしいかもって感じがして、自然と目を開けていたんですが。


 窓の方が明らかにおかしかったんですよ。

 掛かっているカーテンはレースカーテンじゃないんだから、月の光とか、外の何かの光がそんなに透けるわけでもないんですが、その時は違っていたんです。カーテンがまるで、すりガラスか何かのように、外の何かの光と言いますか、そもそも、あれを「光」と認識して正しいかどうかも、分からないんですが、兎に角ぼんやりと、外に何かがあるっていうのが見えるような感じになっていまして。


そうなんですよ。外に、「何か」が居たんですよ。


 窓の近くには木も無ければ、足場になるようなものも無い。でも、それは人に近い形と大きさをして、そこに居るのが分かりました。全体がぼんやりとした、黒い影みたいに見えて、手足は、人っぽいのがちゃんとついているかどうかすら、よく分からなったんですが、取り敢えず、上の方に首らしき部分があり、その上に、頭らしきものがあったんです。その「頭」から、そいつは音という音を一切発していなかったんですが、ザワザワ、ザワザワっとギリシア神話のメデューサを思わせるような動きで、髪の毛が、髪の毛のような何かが蠢いていたんですよ。

  「何だ?何だ?これは?」って、パニック状態でしたけれど、体に力が入らない。押さえつけられてるような感じは全くしなかったんですけれど、いくら「動け」って頭が命令しても体が全然言うこと聞いてくれなくて。でも首から上は動いて、目を開けて、窓の方のそいつを見れるんです。

 そいつ、その場からそれ以上動いたり声を発したりするようなことはしてこなかったんですけれど、それだけに、じっとりとした嫌な感じが、悪意みたいなのが、零した油みたいに広がって、こっちに染みてきそうに思えて。


 段々腹が立ってきたんですよ。


 その日、K君と一緒に遊んだゲームとか、読ませてもらった漫画の影響もあったんだと思います。ほら、子どもの好きなゲームとか漫画って「怖がれー苦しめーガハハハー」みたいな悪役がよく出てくるじゃないですか。で、主人公たちが「お前なんかには負けない!」って、立ち向かってやっつけるっていう。

 そんな気分が、実際その時の自分にも高まってきたんですよね。体は動かせない、でも首から上が動くんなら、まず声で闘志を示してやろうと。その勢いで体も動かして殴りかかるくらいはしてやろうと。出すぞ、出すぞ、出せ、出せ、声、って気合を入れて声を絞り出したんです。


 「ぶっとばすぞおおおおおおおおおおお」って。


 そうしたら、そいつ、なんかスウーッとそのまま消えちゃったんです。嫌な気配みたいなのもそのまま無くなって、やったって安心したら、そのままどっと疲れみたいなのも来て、そのまま目を閉じちゃいまして。後は朝までぐっすり眠ってしまいました。


 それで翌朝、朝ごはんを食べている時におじさんが「あのさ、昨日の夜さ」って何かばつが悪そうな感じで話しかけてきたんですけれど、自分が体験したことを話したら、何か「そうか、そうか」って苦笑いして、後は自分も、昨夜言ってた「変なの」って結局何だったのかとか聞いたりはしなかったので。

 結局、この話はこれでおしまいなんですよね。暫くしたら、親が迎えに来たんで帰って、その後は特に叔父さんの家や、あの辺りの村々で「変なの」が出たみたいな話は聞いていないし、自分から話を振ったようなこともありません。

 今にして思えば、と言いますか、普通に当日から、夜寝る前に聞いた「変な話」を元にした変な夢を見ただけなんだろうな、と思っていますけれどね。

 でも何か面白いですよね。「あれ」が仮に「本物」の「変なの」だったとしても、自分の夢の中だけの存在だったとしても、子どもの「ぶっとばすぞおおおおおおおおおおお」で消えてくれるとか。「ぶっとばすぞおおおおおおおおおおお」ですよ。


 「ぶっとばすぞおおおおおおおおおおお」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぶっとばすぞおおおおおおおおおおお @yakumoiori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る