ブラコンすぎるシャーレの日常

めぐりん

第1話 私と兄さんの出会い

 これはきっと、読む人にとっては他愛のない、退屈なお話に思えてしまうかもしれません。けれど私――シャーレ・クロイスにとって大切で、暖かくて、優しい、何よりもかけがえのない日常を、幸せを、どうか綴らせてください。


 でも、そうですね……先ずは簡単な身の上話から始めましょう。私は少し特殊な生まれで、人間であるお父様とヴァンパイヤであるお母様の間に生まれた混血種ハーフになります。


 この世界の常識においてお母様のような異種族は駆逐すべき化け物と捉えられています。お父様はそんな異種族の生態を研究する職種に就いていて、お母様を捕らえ、実験体として扱っていたみたいなんです。もれなく私もその一人で、四歳くらいまで地下の研究所で過ごしていました。


 当然両親の存在も知らない私は、孤独のまま辛い日々を送るしかありません。両手に拘束具を嵌められて自由に動けませんし、それこそ私の意思なんて皆無視です。


 ある日私は我慢の限界が来て拘束具を破壊して逃げようとしました。必死に抵抗したんですけど、四歳児が大人に勝てる筈ありません。研究員たちに取り押さえられて、もう駄目だと思ったそんな時でした――


「やめろ!!」


 幼い少年の声が聞こえたと思ったら、研究員の一人が突き飛ばされていました。そして私を庇うように前へ出て彼らと向かい合う小さな男の子の背中はとても大きくて、頼もしくて。


「き、君は所長の……」「所長何故彼がここに!!」


 少年の姿に動揺する研究員たちのもとに他の複数名の研究員たちが走り寄ってきて口論を繰り広げ始めましたが、私の耳には届いておらず、ただただ呆然と彼の姿を見つめているだけ。


「大丈夫?」


 少年は振り向いて私に手を差し伸べてくれました。


「うっ、ぐす……」


 でも私は暴力を振るわれると勘違いしてしまい、彼の手を取ろうとせず、ただひたすら「ごめんなさい、ごめんなさい……いい子にしますから乱暴しないでください」と懇願します。


 泣き止まず延々と怯え続ける私に何を思ったのか、少年は「大丈夫だよ」と言って、労るように優しく抱き竦めました。その際、研究員の一人が「ユーリ君危険だ、今すぐ離れなさい!」と叫んでいましたが、彼は気にせず私を諭します。


「安心して、俺は君に乱暴なんてしたりしない。もし他の人に乱暴されそうになっても俺が守ってみせるよ」


 私はビクッと肩を震わせ、恐る恐る言います。


「ほんと……?」


「うん。その証拠にほら、全然痛くないだろ? こうやって抱きしめてもらうと安心してこない?」


「はい……暖かいです、とても」


 ポカポカと伝わる体温が私の凍りついた心を溶かしていきます。温もりがこんなにも安心感を与えるなんて知らなかった……。彼から感じる優しさという名の想いは、私にとって一生忘れられない大切なものとなるでしょう。


 彼は言います。


「俺、ユーリっていうんだ。良かったら君の名前を教えてよ」


 そんなユーリと名乗った少年の一途な想いは私の心を完全に溶かし、ギュッと抱きしめる力を込めて、想いが伝わるように名前を紡ぎます――


「シャーレ……です」


 私の名前を聞いた彼の応えは。


「よしよし、怖かったなシャーレ。落ち着くまでずっとこうしていてあげるからな」


 安心したようにポンポンと私の背中を摩りました。その後彼は事情を知っているだろう研究員へ目を向けて。


「お父さん、この子……何でこんな酷い目に遭ってるの?」


「ッ」


 バツの悪そうに顔を背ける室長と呼ばれていた研究員が彼のお父様。理路整然とした顔立ちに似合わず、言い訳するように事情を説明する様に私は不安を覚えました。


 私が人間とヴァンパイヤの間に生まれたハーフだと聞いて、掌を返して彼に糾弾されたら、とても耐えきれません。ですけど、そんなことはなくて――

 

「事情は何となく分かったけど、シャーレを泣かせるのは良くないよ。俺、これからここに来る時この子に会いに行くから。もし虐めてたりしたらお父さんのこと絶対に許さないよ?」


「あぁ、僕もシャーレが泣いたりしないよう注意を払っておくよ。今回の件はこちらのミスだ。異種族の特性を引き継いでいるとはいえ、この子はれっきとした人間。

 だからユーリには……そうだな、シャーレの――"お兄ちゃん"になってあげてほしい」


「だってさ、シャーレ。もう虐められたりしないって」


 そう言って安心させるように微笑むと、私は奇跡でも目の当たりにしたような面持ちで、恐る恐る研究員たちを見据え。


「ほんとう、ですか?」


「あぁ、検査は当然続けるがその際ユーリに付いていてもらうようにするよ。拘束具も取り付けないと約束する。だからシャーレも勝手に魔法を使うのは止めてくれ。

 それと約束だが、ユーリに対して魔法は決して使ってはいけないよ? もしそんなことをすれば、僕は君を赦せなくなってしまう」


「(コクコクッ)」


 脅しともとれる彼のお父様の言葉に私は激しく頷きました。


「何かよく分かんないけど、これから一緒に頑張ろうな、シャーレ」


「はい……本当に、ありがとうございます――兄さん(ボソッ)」


 鳥の囀りのような小さな声しか出せませんでしたが、それでも彼――兄さんには届いたみたいで、照れ臭そうに微笑んでいました。


 これが、私と兄さんの出会い。後に異母兄妹と判明し、兄さんの尽力もあって一年後には自由の身になることができたんです。


――シャーレ・クロイス。


 それが、兄さんから私に贈られたかけがえのない大切な名前。胸に宿った家族愛という名の暖かな灯火は褪せることなく今も息づいています。


 私をクロイス家に迎入れるにあたって、乗り越えなければならない問題は多々ありましたが、兄さんのおかげでそれも何とかなりました。


 曰く、クロイス家に起きた修羅場や違法実験の隠匿、資金提供していたスポンサーとの交渉など、その他表に出せない数多くの事情を闇に葬ったとか何とか。これが正しくないとはいえ、結果的に私は救われました。


 だから私の口から真実を語ることは一生ありません。ハーフヴァンパイヤである事実も胸に秘めて墓場まで持っていきます。見た目には分かりませんし、肌が色白なことや、日光が少々苦手なことを除けば、普通の人間と変わりありませんから。


 あれから十年の月日が経過し、兄さんは今年で十六、私は十五の年を迎えることができました。私たち兄妹にとって今年は様々な変化を齎す大切な年――ここから物語が始まります。


 とはいっても大袈裟なものではなくて、私と兄さんの日常を語るだけなので特別何かが起こることはないんですけどね。



 自立――という名目で、この春から私と兄さんはクロイス家を出て、二人で暮らし始めました。まぁ、自力といっても生活費の援助や学費などは家から出してもらっているんですけどね。


 場所も実家と同じ市内ですし、帰ろうと思えばいつでも帰れます。与えられた部屋も、一般庶民では手が出せない超高級マンションの一室ですし、二人で暮らすには充分すぎるくらい部屋が広いんですよねぇ。


 だから生活には全く困っていませんし、至れり尽くせりというか、過保護というか、兄さんは本当に愛されているなぁと常々思います。もちろん私が一番兄さんを愛してますが。


 まぁ、それは今は置いておきましょう。現在私は自室のベッドの上で寝ています。朝がやってきてカーテンの隙間から陽光が差しています。意識は覚醒し、パッチリと目が覚め、心地の良い朝を迎えましたが寝ています。寝たフリを続けています。


 しばらくするとコンコンとノックの音が聞こえてきました。ガチャリと扉を開く音とともに「シャーレ?」と愛しの兄さんの声が。


「…………」


 私は返事をせず、敢えて寝たフリを続けます。兄さんが近づいて来る足音にドキドキと胸を鳴らし続けながら、スースーと寝息を立てています。


「おーい、朝だぞー? シャーレー」


 兄さんはこうして毎日私を起こしにきてくれます。普段はすぐに起きるのですが、もし寝たフリを続けたら兄さんはどうするんだろう? とささやかな好奇心が芽生えてしまったのです。


「あれ? 全然起きないな。ひょっとして昨日夜更かししてたとか?」


 兄さんは私が寝たフリをしていることに全く気づきません。やがて私の頬をちょんちょんと突き始めました。


「それにしても、こうして改めて見ると可愛いなぁ、本当」


 か、可愛い!? いえ、普段から兄さんはよく可愛いと言ってくれてるんですけど、今の可愛いは心からの本音の言葉だと分かったので、嬉しすぎて飛び起きそうになってしまいました。


 ニヤケそうになる頬を必死で堪えて、次の行動を待ちます。


「っていかんいかん、可愛いすぎて寝顔を堪能してしまった。けどまぁ、登校時間までまだ余裕あるし、もう少しくらいいいよな?」


 そう言いながら兄さんは、そっと私の頭を撫で始めました。やれやれ、毎日拝んでいる妹の寝顔を堪能したいだなんて、兄さんは本当にどうしようもないシスコンですね。これじゃあ起きるに起きられないじゃないですか。


「ここまでしても起きないのか。ならせっかくだし、俺も一緒のベッドで寝かせてもらおうっと」


 な!? 兄さん、それはいけませんよ! 兄妹とはいえ、年頃の男女が同衾なんてセリナお義母様が知ったらお説教ですよ、お説教! 昔みたいに一緒には寝られないんです――ってああああああああ、本当に入ってきました!


「よいしょっと」


 兄さんの温もりと匂いが私の鼻腔を擽ります。起きません。起きませんよ私は――って、耳裏を擽るのは卑怯です、兄さん!


「〜〜〜〜〜ッ」


 私は悶えながら必死に耐え続けます。兄さん、後で覚えておいてください。私はやられたらやり返す女です。


「――ぷ、くくっ」


 そんな事を思いながら耐えていると、兄さんが堪えきれず吹き出しました。あれ? もしかして――


「シャーレ、起きてるだろ? 顔、耳まで真っ赤だぞ?」


「え!?」


 私は慌てて飛び起きて、ぺたぺたと顔を触ります。鏡がないので分かりませんが、確かに普段より熱っぽいような……? 恐る恐る兄さんの方へ顔を向けると。


「おはよう、シャーレ」


「〜〜〜〜ッ、気付いてたのなら最初から教えてください!」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべてそう言う兄さんへ羞恥心で顔を赤くした私はポカポカと叩いて反撃するのでした。

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