氷の記憶と秘密の結社

たなみた

第1話 グラミ

 ミディという青年がいた。ミディは生まれながらに優秀な魔力量を持っていた。本人はそれが誇りだった。いつか魔法使いになって人々を守る英雄になるのが夢だった。

 しかしその夢はすぐ破れることになる。魔力を制御できなかったのだ。あまりにも魔力量が多すぎて魔力を抑えつけることができない。常に強力な魔力に当てられるため周りの人に怖がられ、次第に人が離れて行った。ミディの不幸はそれだけではない。常に強力な魔力を放ち続けているということは、グラミを引き寄せるということ。グラミにとってミディは都合の良い餌でしかなかった。人間からは煙たがられ、グラミからは好かれる。ミディはそんな生活に嫌気が差していた。家を飛び出し、宛もなく彷徨っていた。外はもう日が沈み、暗くなっている。帰ろうと思ったが、気づいたら知らない場所に来てしまっていた。

「どこだここ...?」

 周りを見渡すと一面の緑色。森しかない。暗い森に恐怖感を抱いたミディは一刻も早くここから抜けようと試みる。だが最早正しい方向すらも分からない。歩き続けるしかない。

 刹那、夜の暗さよりも更に暗い漆黒の空間がミディの周りを埋め尽くす。

「なっ!?キューブ!?」

 キューブが完成する前に逃げようとするミディだがキューブの生成速度は早いものであっという間に閉じ込められてしまった。

「誰か!!助けて!」

 大声で壁を叩いて呼びかけるが返事はない。夜の森に近づく者はいないだろう。

「そうだ携帯...!!」

 レントゥスに通報すれば助けが来るはず。慌てて携帯を取り出すが、電波は繋がらない。キューブ内では外からの通常手段での連絡は一切絶たれる。

「くそっ!!俺...死ぬのか...?」

 ミディは諦めずに壁を叩き続ける。助けに来てくれることを信じて。しかしそれは裏目に出る。音を聞きつけてグラミが集まってきたのだ。

「ひっ...!!」

 尻餅をつくミディ。グラミは巨大な狼の形をしていた。ミディよりも圧倒的に大きい。その威圧感にミディは完全に縮こまってしまっている。狼達は咆哮を上げるとミディに向かって突進し、鋭利な牙を突き出してくる。

 (ああ...俺こんなところで死ぬのか...でも俺に居場所なんてないもんな...はは...)

 全てを諦め、目を瞑るミディ。その時。

「いっ...つ...まだ諦めるのは早いよ」

 目を開けると眼前にスーツを着た長身の男性が立っていた。男は明かりのような物を取り出すと、魔力を込める。すると周囲が明るくなる。そこでやっと男を細かく視認することができた。灰色の髪に左目に眼帯を身につけていた。腰には長剣を下げている。よく見ると狼の牙に左腕が食い込んでいる。鮮血が袖を赤く染めていた。男は苦しそうな顔をするがこちらに笑顔を作り向き直る。

「大丈夫?俺が来たからもう安心だよ」

「レントゥスの人...?お、俺のせいで...」

「あ〜〜〜大丈夫だから。平気平気」

 無理矢理狼の牙から腕を抜こうと狼に渾身の蹴りをお見舞いする。狼が苦悶の表情で吹き飛んでいく。その反動で腕を抜くことができたが激痛が走る。痛みに顔を歪めながらも男は剣を抜き、臨戦態勢を整える。

「俺のそばから離れないで」

 狼は3体。多勢に無勢だった。だが男は全く怯んでいないようだった。狼は今度は爪を男に向かって振り下ろす。男は長身にも関わらず軽快な動きで狼達の攻撃を避けていく。一匹の狼の攻撃を避けた後、避けた所にいた狼二匹が男の背後めがけて牙を剥き出しにし襲いかかる。

「危ない!!」

 ミディが悲鳴を上げる。

「大丈夫。読めてたから」

 男はいつの間にか抜剣していた。二匹の上顎と下顎の間に剣を挟み、攻撃を防ぐ。男は後ろを見ずにそれをやってのけた。後ろに目でもついているのだろうか。そのままステップを踏み回転し刃を振り抜く。二匹の狼は上下に真っ二つにされた。辺り一面に鮮血が飛び散る。

「汚な」

 苦い顔をする男。残り一匹の狼がミディに向かって走り出す。ミディの眼前に振り下ろされた爪を滑り込んできた男が剣で受け止める。男の膂力は凄まじく、巨躯な狼の爪を弾き返していた。金属音が鳴り響く。

「それも読めてたよ」

 男は狼に向かって剣を投げつける。空間が歪むほどの勢いを持った全力の投擲。ミディの目には捉えられないほどのスピードで飛んでいく剣は狼の眉間を正確に射抜いていた。

「ふ〜戦闘終了」

 付近のグラミの気配が消えたのを確認した後、ミディに近寄る男。

「立てる?」

 差し伸べられた手を震える手で掴む。しかし男の手を触った瞬間バチッと音がなる。ミディの魔力量が凄まじいせいだ。男は一瞬怯んだがその手を離すことはなかった。

「よっ...と。ビックリした。君すごい魔力量だね」

「ごめん!!わざとじゃないんだ...自分でも制御できなくて...」

「ふ〜ん。まあいいや。キューブもじきに消えるでしょ。巻き込まれたのが小さいやつでよかったね」

 グラミの数がもっと大きなものだったらミディは助かってはいないだろう。運に助けられた。

「そうだ!怪我の手当てしないと」

「え。いいよめんどくさい。俺早く帰りたいんだけど」

「止血ぐらいはしなきゃだろ」

 男はされるがままミディの手当てを受ける。ミディの手先はとても器用だ。

「はい。応急処置だからこれぐらいしかできないけど」

 男の腕にはミディのハンカチが巻かれていた。ハンカチが赤く染まっている。

「なんか悪いね。洗って返すから」

「気にしないでくれ。助けてくれてありがとう」

 微笑むミディ。男は少し照れているようだった。

 そうこうしているうちにキューブがぼろぼろと崩れていく。しばらくすると元いた森に二人はいた。

「帰り方分かる?」

「...道に迷ってるところだったんだった」

 気まずそうにしているミディ。男はため息をつく。

「まあ迷ってなかったらわざわざこんな場所に来るわけないよね」

「送る。とりあえず町に出よう」

 男が歩き出そうとした瞬間、通信が入る。

『その男を本部へ連れて来い。これはボスからの命令だ』

「は?なんでわざわざ」

『知らねえよ。ボスの考えてることが意味わかんねえのは今に始まったことじゃねえだろ』

「...りょーかい」

 通信を切る男。

「ごめん。君を返すわけには行かなくなった。本部に来てもらうよ」

「本部ってレントゥスの!?」

「うん。君も災難だね。ボスに気に入られちゃうなんて」

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