あの日の約束を叶えるために武器を取った少女たちの話。

そうなんです!!

第1話 対峙

「ヒカリ!!今日こそ、私はあなたを倒すよ!」


 私は短刀の先をヒカリに向けて、焦点を合わせる。私の高らかに上げた声はヒカリに届いただろうか。

 薄鈍色の短刀は真上からくる陽光を反射して、きらりと光沢を見せた。


 観客のボルテージは上がっていく。この戦いでは観客は大金を賭け、私は己の命を賭けている。所謂この国の賭博の一種なのだ。

「いくら賭けたと思ってるんだ!!」とか「負けたら承知しないからな!」などという罵声に近い叫び声も聞こえるが、それに気を取られるのは二流の人間がすることだ。

 百戦錬磨で現在勝率100%の私にとって、こんなのどうってことない。

 私が意識するのは、ヒカリただ一人。この学園で、そしてこの国で最強と謳われる彼女だけだ。

 ヒカリの髪が揺れる。派手すぎない金色で少し柔い印象を与える。

 短刀を握る手にぐっと力が入る。


「できるものならやってみなさい!リリ」


 ヒカリ少し不安そうな笑みを浮かべて、私の名を―リリ―と呼んだ。強がっているのだろうか。


 ふっふっ。楽しい!負けられない!


 私はずっとこの瞬間を待ちわびていたのだから。きっと渇望よりも強い、恋みたいな感情。胸の高鳴りは異常で、まるで悪役のようにきゃんきゃんと吠えていたくなる。


「いくよ!ヒカリ!」


 戦いの始まりを告げる鐘を鳴らしたのは私。そう宣言をして、ヒカリに向かって走り出す。

 手に馴染んだ短刀の重さは一切感じない。まるで生まれたときから体の一部だったように。手足に重さを感じないように。


「リリ。あなたは変わってしまった。私はあなたに正義を、身を以て教えます!」

「何を言ってるんだか、私には理解しかねるね!この試合に文字通り命を賭けてるんだから、教わったところで、無意味だよ!」


 接近する私に、ヒカリは私の短刀の数倍もある剣を一振り風を切る。


「あなたはいつからそんなに戦闘狂になったのですか」


 ふぅと呆れたようにヒカリはため息を吐く。


「はぁ!?誰が戦闘狂じゃい!ヒカリのほうが強いくせに!!」

「その私に戦いを挑むリリはバカです。こんなに理不尽なゲームに挑むなんて!」


 私はヒカリに向かって思いっきり短刀を振る。それは難なくひょいと躱され、私は少し距離を取る。


 理不尽なゲーム―とはこの戦いのことだ。ヒカリがそう思うのも無理はない。

 というのも戦いに申し込んだほう―今回の場合は私―は負けた場合、否応なく殺される。

 それが観客が熱狂する、そしてヒカリが私をバカと呼ぶ所以なのだ。


「ふん。ヒカリに私の気持ちが分かってたまるものか!私の努力を否定なんてさせないよ!」


 手汗は短刀の柄を這い、上手に力が入らない。不安、だろうか。本当は死が怖いのだろうか。よくわからない。

 ただずっとあの日の記憶に駆られていままで生きてきた。ある種の原動力はいまも健在。


 確かにこのゲームは理不尽だ。

 私にとって超ハイリスク。

 でも私には夢がある。だから今日は絶対に負けられない。理不尽であるかどうかなんて関係ないのだ。


 それに、勝てばいいのだ。何も失わない。


「そうとまで言うのなら、私も本気で戦いましょう!だからリリ、あなたも全力を出しなさい!」

「言われなくても、最初からそのつもりだよ!ヒカリ!」


 私はすぅと呼吸を整える。落ち着かなければ勝てる試合も勝てないし、ヒカリは強敵だ。


 再び柄を強く握って気合を入れる。勝たなければ命はない。この絶体絶命の状況はある種の高揚感を生み出し、胸が跳ね上がる。


 刃を交える。

 そのたびに火花を散らし、焦げた鉄の匂いが舞う。

 私もヒカリもどちらの表情も真剣で、ひしひしと温度のない熱を感じる。


「くっ…」


 やっぱりヒカリは強い。あの日私が憧憬を抱いたまま変わってない。だから私が夢を叶えるには、ここでヒカリを倒さなければいけない。


「これで決着をつけさせてもらいます!リリ!」

「うん!私も正真正銘の本気でいくからね!」


 ヒカリがくっと笑みを浮かべた気がした。

 刹那、空気が揺らぐ。一種のアポカリプスと錯覚してしまいそうなほどに、ヒカリが放つものはまるで巨人のような壮大で力強い。


「なるほど…ついに【神威】を使うってことね!それなら私も…」


 観客の声は聞こえない。何を言われているかも気にしたくない。

 勝てる自信なんてない。【神威】はヒカリが確立した魔法体系で、それに敵うものないと言われている。

 それでもこうなった以上勝たなければ、終わりだ。私はもう決意を固めたのだから。

 私は短刀を朱に染めて、ヒカリに全てをぶつけようと決意した。


 *


 結果は惨敗。

 私の全力もヒカリにとっては赤子のようなもので、為す術なくやられてしまった。それほどまでにヒカリは強くて、私には刃が立たなかった。


 地面に膝をついた私に、ヒカリはゆっくりと近づいてくる。


「リリのバカっ!」


 その怒号と同時に、響いたのはパチンという音。ヒカリが私の頬を叩いたらしかった。

 その跡はじんじんと熱を帯びて、痛みが染みわたってくる。

 先ほどまでの丁寧な言葉遣いはどこかへ行ったらしかった。


「私はこんなことになって欲しくて、あなたと約束したわけじゃない!!だからあんたはバカなのよ!!」

「だってぇ…」


 圧倒されて、言葉を失う。

 痛みも悔しさも、全部。私の心に絡みついた。


 私の意識はあの日に移っていた。



 *



「ねぇ、ヒカリ!私は聖女になれるかな!」


 ずっと前のこと。まだ私とヒカリが仲良しだった頃。

 私は夕日の下で、ヒカリにそう問いかけた。まだ幼かったから、体の大きさはともに小さい。

 【聖女】それはこの国で最高位の魔法職。現在は片手で数えられるほどの人数しか存在しない。

 そして【聖女】になるには、現役の【聖女】と戦って勝つ必要がある。私がヒカリに戦いを申し込んだ所以はそれである。


「うん。リリならきっとなれるよ!」

「ヒカリのほうが強いくせに…」


 私はポコポコとヒカリの肩を叩いて抗議する。

 その時もいまと同じで、私よりもヒカリのほうが強かった。

 天才という言葉とともに受け入れられる彼女と、まさしく無能であり、ある意味異端という言葉で片付けられた私。

 ずっと前からヒカリは私の友達で、そして身近な憧憬の対象だった。

 だから彼女が目指していた【聖女】という役職は輝いて見えた。


「リリはさ。どうして聖女になりたいの?」


 ヒカリは私の顔を覗き見るように聞いてきた。


「うーん。だってさ!なんかカッコいいんだもん!」


 ヒカリに憧れて…とは言わない。というより言えない。

 そんな小っ恥ずかしいことは絶対にしたくない。


「そっか。じゃあ一緒に【聖女】になろうよ!リリ!仲間がいると心強いし」


 ヒカリがにこっと笑った気がした。その表情を思わず凝視してしまう。


「うん。わたし頑張るから!ヒカリに追いつくから、一緒になろう!!」


 そして、私とヒカリはちょんと触れた小指を結んだ。


 *


 晴れて【聖女】になったヒカリと対峙した、命を賭けた戦いで敗北を喫した、そしてヒカリとの約束が潰えた今日。


 私は早まったのだ。

 ここでヒカリを倒して、二人で【聖女】になるという願いを叶えたい一心で。


【神威】という魔法体系を以て得た地位はそれほどまでに洗練されていて、どうしようもないのだ。


「リリ。まだ戦いは終わっていません!立ち上がりなさい!」

「もう…無理だよ。無謀だったのは私で、ヒカリはやっぱりこの国の【聖女】だったんだ」


 瞳に涙が溜まっていくのがわかる。大きな粒になって、雫となる。

 泣いたのなんていつぶりだろう。


「リリはあの約束を諦めたかもしれないけど、私はまだ諦めてない!」


 ヒカリは私に向かって叫ぶけど、私の心には全く響かない。


「もうさっさと殺してよ」


 この勝負のヒカリの勝利条件は私を殺すこと。私の勝利条件はヒカリを降伏させること。

 勝負を挑んだ私にはそれほどの代償があるのだ


 もう勝てないと悟ってしまった。


 ずっとこの時のために研鑽を積んできたのに、こうなってしまうともがく気すらも起きない。

 私の心は未熟だったのだと思う。


 勝てないなんて、悔しいに決まってる。

 やり直したいと願ってもそれが叶わないのも分かってる。


 だからもう私がヒカリと戦う理由はない。


「いい加減にして!!私がリリを殺せるわけないとわかっているのでしょう!」


 ヒカリの声は澄んでいて、邪気を一切感じない。張り上げた声には凛々しさすらも感じる。


「何度でもいいます!刃を持ちなさい。そして私を下してみなさい!」


 やっぱりヒカリは優しい。


「私たちの夢をここで潰えさせるのは許しません!」


 変わってしまったのは私で、きっとヒカリは【聖女】になっても変わってない。


「うん。そうだね。血迷ってたよ」


 私はコクリと頷いて立ち上がる。膝についた砂を落として、再び短刀を握る。


 やっぱり私は願いを叶えたい。諦められるはずがない。

 挫折しそうになっても、あの時のヒカリの表情が頭に浮かんで、私を奮起させた。


 いまのヒカリはむっすーと怒っているけど、その表情も彼女らしい。


「目が変わりましたね。そっちのリリのほうががカッコよくて、そして可愛くていいと思いますよ」

「からかってる?」

「どうでしょうね」


 ふっとヒカリが柔らかく笑った。さっきまでの態度はどこへ行ったのだろうと思う。


「やっぱり、私はリリのことが好き」

「へ?」


 突然ヒカリが呟いたことは耳を疑うものだった。かんっと金属音が響いて、ヒカリの剣が地面に落ちる。


「私は降伏します」


 一周回って清々しい様子でヒカリは言ったのだ。


「はっ?」

「というわけで」

「はぁ!?」


 ささっとヒカリは会場から出ていってしまい、私はそれを見ていることしかできなかった。


 *


「降参ってどういうことよ!」


 試合後、私はヒカリを見つけるなりそう話しかけた。


「だって…リリを倒すわけにはいかないし、だけど手を抜くのもできないし…」


 もじもじと自信なさげにつぶやくヒカリ。


「なんかさ、さっきとだいぶ性格違くない?」

「いや…そういうつもりじゃなくて…」

「あれ?ヒカリ、照れてる?」

「いや…だって…前みたいに話したいし…」


 頬を赤く染めるヒカリ。

 こうやって話せるのは久しぶりでどこか懐かしく感じる。


「ねぇ。ヒカリ!私とまた友だちになってくれない?それが私の願い」

「喜んで!」

「なんか、プロポーズみたいだね」

「ぷっ、なんてことを!!」

「テレすぎだよ。ヒカリ!」

「もうー!!」


 頬を膨らませて抗議してくるヒカリに笑みを向ける。


「あっ、今度はちゃんと勝つからね。ヒカリ!」

「負けないよ!!」


 沈み始めた陽の下で、私たちはもう一度、約束を交わしたのだ。

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