ドク

かまつち

ドク

 ある玉座の上に座っている者がいた。とある宮殿の王の間のことである。いつまでも、消えない光を灯した目の持ち主だった。その体は大きく、立てばおよそ二メートルほどの巨体の持ち主であった。玉座には一本の大剣がかけられていた。男は髭を生やし、体格が良く、巨大漢と言えば、その姿は想像しやすいだろう。


 彼から一種の圧を感じられた。畏怖と尊敬、その二つの感情が湧いてくる。彼の目元には隈があった。表情というものはなく、高位の人間に感じられた。彼の一族は、それはそれは、歴史のあるものらしい。その一族の当主としての重責が彼の肩に乗っているらしい。


 彼は一国の主である。彼はただ、日々を一族と国家の繁栄に費やしているのである。国家全体のための政治をするのである。彼は己の弱さを律することのできる人間らしい。その辺の劣った者達とは違ったニンゲンサマらしい。


 彼のそのような、いわゆる強者のような面は、私に劣等感を感じさせた。まるで私という存在を否定するためだけにいるかのようだ。彼が私にその姿を示し続ける限り、私は私を人間と見なすことができなくなるだろう。


 王と同等に高位の者は中々いないだろうが、彼のような存在は、そこら中にいる。私が街の中を歩けば、私の胸は締めつけられ、息をし辛くなる。彼らに対して、私は引き目を感じているのだ。


 劣等感を拗らせてしまった私には、もう何も信じることが出来なくなった。父や母、兄弟、姉妹などの家族、最も信じることのできる者でさえ、悪意を持っているように思えた。


 私は私の未来を、生命の行く末を知っている。最期に私は、骨と皮だけになり、息絶えるのだ。


 私の心から光が消えてしまって、私は卑屈になった。目の前の王のような人間が、恨めしくなった。怒りというものさえ覚えた。


 私はもはや、私という者が分からなくなった。自分の信じていた思想、善悪の基準も曖昧になった。私の醜さにより、自分を人間だと思えなくなりつつある。


 しかし怒りだけは残った。


 時に王はバルコニーから体を出し、民に声をかける。演説により王は、民を先導する。彼は個人に対しての思い入れはない。国家という概念にしか情がないのだ。


 きっと私のような低俗な者に対して、途方もない、底なしの悪意を腹に抱えているんだ。王も、他の高等な野郎達も。


 彼らは、私が生きている時も、私が亡くなった後も幸せに生きるのだろう。そう考えると嫉妬と怒りが湧き上がっていくのだ。


 彼らの理想は、私の様な者を救わない。それなのに、まるで彼らは、私達に善意を向けた気でいるのだ。実際には一度も手を伸ばすこともなかったというのに。


 不思議なものだった。私の目には、魂が汚れている彼らこそが最も地獄に近いはずだったのに、本当に汚れた魂を持っていたのは私だったのであるから。


 王が嫌いである。貴族もブルジョワも、権力を持つ者、求める者も嫌いなのだ。果てにはニンゲンになろうとする者さえ嫌いになった。ニンゲンではない私には、どれも恨めしいのであった。


 今後ニンゲンになることはないだろう。


 ニンゲンではない私には、ニンゲンである者達の存在が耐えきれない者になった。私はただ、彼らの存在を否定するのみである。


 私の生が立ち行かなくなり、私は一つ、決心をした。罪を犯すことにした。つまり殺人である。他者の人生を否定することで、私は私の不安定な生を安定させるのである。ただ虚しい死を前にそれから逃れるかのように、私はそう決意したのである。




 私は王宮に侵入し、隠れて進んで行き、運良く王の間まで行くことが出来たが、しかし、王は何かを察していたのか、そこにいた。ただ、玉座に座って、私のことを待ち構えていた。威厳を感じさせるその姿に、私は恐怖を感じながらも、怒りを思い続けた。彼の目は私をじっと見ていて、顔はやはり無表情だった。


 私は王にどうやって私がやって来ることを知ったのかを聞いた。王は、その低い声で、神のお告げだと言った。私は内心反吐が出た。神でさえ弱者の敵なのだと。神という人に平等を説くような存在でさえ、私を見捨てたのだと。


 これ以上話す気が起きなかった私は手に持っていた刃物を王に向け、走っていった。王はそれを見ると、横に置いていた剣を鞘から抜き、近づいてきた私に振り下ろした。私の体をその剣は切り裂いた。動きの隅々までもが綺麗であった。ただ意識を失う瞬間まで、そのことを憎たらしく感じ続けた。




 あとどれくらいの年月、私のようなろくでなしは、苦しめば良いのでしょうか。あとどれくらいの期間、私は耐えれば良いのでしょうか。私の命の蝋燭が消えるまででしょうか。私は生があるうちにそのような苦しみから解放されたいのです。


 あとどれくらいの時間、私のようなろくでなしは、希望を捨てれば良いのでしょうか。あとどれくらいの量の絶望を味わえば良いのでしょうか。そのような生はあまりに悲しいものなのでしょう。


 もはやろくでなしであることを止める気力さえも尽きています。私はあとどのくらいの時を生きるのでしょうね。

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ドク かまつち @Awolf

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