最後の結婚式~蜜月旅行は異世界で
シュンスケ
第1部 最後の結婚式
第1話 最後の結婚式~雪原の子供たち
たくさんの子供たちが死んだ。
シスターも死んだ。
みんな凍えながら、死んでいった。
魔法はもう使えない。魔道具もダメだ。
雪と氷に覆われたこの世界で生きる術を子供たちは知らない。
吹雪はもう一週間以上続いていた。
子供たちは誰もいなくなった孤児院の一室で身を寄せ合って寒さをしのいでいた。
孤児院の生き残りは僅か5人のみ。
リーダーの少年の名はアシャー14歳。金髪の少年で背は高く体格もいい。
13歳の赤毛の少女チェルシーは小柄だが、動きは誰よりもキビキビとしており、いつも子供たちをささえてきた。
同い年のディモテは暖かそうな栗色の髪の毛が特徴の少女。おっとりとしているように見えるが実はそうではないことを子供たちは知っている。
12歳のニックは食いしん坊ニックと呼ばれ肉付きが良かったが、今ではすっかり痩せてしまった。
そして最年少の11歳、
「寒い…」
ティモテは歯をガチガチいわせながら毛布をぎゅっとひきよせた。
「いつまで続くのこの寒さ」
「食料もなくなっちゃったし。お腹すいたなあ」
ニックの口からでるのは、たいてい食べ物の話題だった。
「世界は永遠に氷と雪に閉ざされてしまったのかしら」
チェルシーは不安そうにつぶやいた。
「わからない」
ピーターは首を横に振った。
「わかっているのは勇者は魔王を倒したけれど、同時に世界も壊してしまったってことだけだ」
壊れてしまった世界。
もう二度と元には戻らないのかもしれない。
誰にともなくチェルシーは問いかけた。
「世界が壊れるのを誰も止められなかったのかな?」
返事をしたのはピーターだった。
「相手は強力な力を持った勇者たちだから、止めるのは難しかっただろうね」
「どうして勇者は強力の力を持っているの?」
「神に与えられた力だと言われているけど、たぶん、勇者召喚は神の御業などではなく、ただの人間のエゴだったと思う。エゴによって召喚された勇者たちがエゴの化身になったとしても僕は驚かないよ」
「30人もの勇者が召喚されたって聞いたわ」
「勇者を召喚した人たちも驚いただろうね。その30人が世界が壊して回ったんだから」
「そんな陰気な話はやめろ!」
アシャーに
「これからどうやって生きるか、今はそれだけに集中しろ」
「わかったわ」
アシャーは多少荒っぽいところはあるけれど、いつも前を向いて生きている。そこはとても尊敬できると子供たちは思っていた。
「明日は街に行ってみようぜ。まだコミュニティが生きているかもしれない」
勇気づけるようにアシャーは皆に言った。
「ここで凍え死ぬのを待つよりはいいだろ?」
吹雪がやんだのを見計らって5人の子供たちは孤児院を後にした。
空はどんよりと厚い雲で覆われている。
街には簡単にたどり着けるだろうという予想は外れ、子供たちは雪原をさまよっていた。
「こっちの方角で本当にあってるの?」
白一色の世界で方向感覚を失ったチェルシーは自分がどこにいるのか全くわからなかった。
アシャーは魔導コンパスを取り出して方向を確認した。
「針はこっちを示している、間違いない」
「魔法が使えなくなった世界で、魔導コンパスって意味あるの?」
世界が壊れてしまった影響で魔道具は全部ダメになってしまった。
「だったら他にいいアイデアがあるのかよ! 対案もないくせに偉そうに言うな」
「そんなつもりじゃ…」
アシャーに怒られてチェルシーは口をつぐんだ。
どこまで歩いても雪原は終わらなかった。
街はどこにあるのだろうか。人は生きているのだろうか。
遅れ気味だったティモテが雪の上に膝をついてしくしく泣き出した。
「もういや、帰りたい…」
「泣き言を言うな! 生きたいなら歩け!」
アシャーが振り返って怒鳴った。
「風が強くなってきたし雪も降って来た。どこかで休んだ方がいいよ」
そう言ってピーターは周囲を見渡した。他の子供たちもそれにならった。
「あそこの岩陰に避難しましょう」
雪と風をしのげそうな岩陰を見つけてチェルシーは指さした。
5人の子供たちはなんとか岩陰まで辿り着いた。
雪をかき分けスペースを作り、その中にもぐり込んだ。
雪の穴に身を潜める子供たちの耳にアシャーの独り言だけが響く。
「勇者め、世界を破壊しやがって。オレはこんな運命なんかに負けない! 絶対に生き延びてやる」
疲れ果てた子供たちは無言のまま身体を休めた。
「ねえ、生まれ変わったら何になりたい?」
しばらくして、チェルシーは皆に尋ねた。
「なに不吉なこと言ってるんだよ!」
アシャーに
「だって…」
誰も口にしないけれど、死神の足音はすぐそこまで迫っていた。
最初に回答したのはピーターだった。
「貴族になって学校に通ってみたい。学校の図書館にある本を片っ端から読むんだ」
「ピーターなら本当にやりそうね」
孤児院の少ない本ではさぞかし物足りなかったことだろう。
「僕はパン屋さんになりたい。おいしいパンを毎日たらふく食べるんだ」
「リック、売り物のパンが無くなっちゃうわよ」
「あたしは猫になりたい。ひなたぼっこしながらお昼寝したら気持ちいだろうなあ」
「あはは、ティモテったら」
子供たちは小さな笑みをこぼした。
「チェルシーはどうなのさ?」
ピーターが訊いた。
「あたしは冒険者になって世界中を旅してみたい、かな」
「きっと叶うよ、次の世界で」
「そうね…。アシャーは?」
「…」
アシャーから返事が戻ってくることはなかった。
* * *
「そうだ、結婚式をやろう!」
吹雪がやんで開口一番アシャーが発した言葉がそれだった。
アシャーに続いて岩陰から出て来たチェルシーは首を傾げた。
「どうしたの、アシャー?」
岩陰から出そろった子供たちに向かってアシャーは両手を広げた。
「世界は終わらない、人の営みは終わらない、その証としてオレたちが結婚式をあげるんだ!」
「結婚式って? 誰と誰の?」
わけがわからず子供たちはきょとんとした。
「オレとチェルシーのさ、当然だろ!」
「ええっ? なんであんたとあたしが?」
「おまえはオレをずっと支えてくれた。オレのことが好きなんだろ。だったらこれからもずっと支えてくれよ」
「それは違うわ。あたしたちは5人で支えあって生きて来たのよ」
バシッ!
アシャーはチェルシーの頬をぶった。
雪の上に倒れたチェルシーは一瞬は何が起こったのか分からなかった。
「なにするんだ、アシャー!」
ピーターがかけよった。
左頬をおさえるチェルシーの目に涙が浮かんでいた。
「オレがいなければこのグループはとっくに滅んでいたんだ。おまえらにはオレに対する感謝の気持ちがないのか!」
「感謝はしてるさ。だけどそれとこれとは別だろう!」
「別なもんか。オレはチェルシーと結婚する、これは決定事項だ!」
「人の気持ちを無視してどこのお偉い貴族だよ!」
「口答えするな!」
アシャーはピーターの胸倉をつかむと力まかせに持ち上げた。二人の体格差は歴然だった。
「やめて!」
ティモテは顔を覆って泣き出し、ニックは足がすくんで動けなかった。
パンパンと雪を払ってチェルシーは立ち上がった。
「やればいいんでしょ、結婚式」
雪がちらつく灰色の空の下、見渡す限り広がる雪原の上で、アシャーとチェルシーは向かい合った。神父の役はニックが務めた。ティモテとピーターは不満そうに結婚式を見つめていた。
「病める時も健やかなる時もふたりは変わらぬ愛を誓いますか?」
「誓う。これがオレたちの結婚式だ。人類最後の結婚式だ!」
「…」
「さあ、チェルシー、誓って」
神父役のニックが促した。
長い沈黙の後、チェルシーの口から出てきたのは誓いの言葉ではなかった。
「ムリ」
「はあああ? なんだって?」
アシャーの裏返った声が雪原に響き渡った。
「ムリ、絶対にムリ!」
チェルシーは瞳に涙をにじませてアシャーを睨みつけた。
「なにが結婚式よ! 好きだって言ったことなんて一度もないくせに! あたしはあんたのなぐさみものじゃない!」
「ちがう! わかれよ、それくらい。言葉にしなくたって心が通じ合っていれば!」
「わからないわ! 結婚ごっこがしたいのなら他をあたってちょうだい!」
チェルシーは雪の上をずんずん歩きだした。ティモテとピーターが後を追った。
「ちょ、まてよ!」
アシャーとニックもあわてて追いかけた。
ピーターの耳にチェルシーの呪詛のような言葉が聞こえて来た。
「ありえない、ありえない。ひとを殴っておいて、結婚式だなんて、絶対にありえない」
チェルシーに追い付いたピーターはその手を取って握りしめた。
「僕はキミが好きだよ」
「あんたはまだ11歳でしょ!」
チェルシーはピーターを横目で睨んだが、ピーターはひるまなかった。
「僕は本気だよ。ずっとキミのことが好きだった。嘘じゃない」
「そ、そう?」
年下のピーターの真剣な眼差しにチェルシーはちょっとうろたえてしまった。
「生まれ変わったら僕と結婚してほしい。一生大切にする」
「か、考えておくわ。生まれ変わることができたらね」
「うん、それでいいよ」
雪の上を子供たちは歩いていく。街も人の姿もどこにも見えない。
降り積もる雪は5人の子供たちの足跡を容赦なく消し去った。
【第1部 おわり】
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ここまで読んで下さってありがとうございます。
子供たちの物語はもう少し続きます。
このあと勇者たちも登場します。
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