第18話

 北斗は彩の妹と両親に向きなおった。


「彩さんの事は僕が引き受けます。お引き取りください」


 北斗が言い切ると、両親は烈火のごとく怒りだした。


「他人が口を出すなって言ったでしょう!」

「彩は家族である我々が連れて帰る。どきなさい」


 詰め寄ってきた両親に、北斗は財布から一枚のカードを出して見せる。


「彩さんの家族は僕です。僕が連れて帰ります」

「はあ?!」


 妹と両親がカードを覗き込む。それは彩の健康保険証だった。氏名欄にははっきりと「高橋彩」と記載されている。


「こ、これはどういう事よ! なに? 偽造?!」

「違います。彩さんは僕と結婚して姓が変わりました。彼女は高橋彩。僕の妻です」

「はあ?! 聞いてないわ、そんなこと! なに勝手な事してるのよ!」


 北斗は保険証を財布に戻し、ため息をつく。


「彩さんはもう立派な大人ですよ。いつ誰と結婚しようが自由です」

「馬鹿が! 大人なら挨拶くらいするものだろう! 何も言わずに結婚だなんて、親を馬鹿にしているのか!」

「馬鹿に? ……ふざけないでください。馬鹿にしているのはあなた達でしょう」


 まるで無自覚らしい両親が「そんなわけないだろう!」と声を大きくする。


 どの口が言うんだ、と北斗は胸糞が悪くなった。


「僕は手術中にあなた達が言った事を忘れていません。彩さんの命を、人生を馬鹿にしているのはあなた達だ!」

「うるさいわね! とにかくこんな結婚は認めないわ! 無効よ、無効!」

「お姉ちゃんを返せ、この結婚詐欺! 犯罪者!」

「そうだ! とにかく彩を返しなさい。彩が家に帰って来てくれないと困るんだよ!」


 両親と妹は北斗の話を聞かず大声でまくし立てる。らちが明かなかった。仕方ないと判断した北斗は、カバンから冊子を取り出した。


「帰って来てほしいのは、これが理由ですか?」


 それは共済保険の約款やっかんである。北斗はそれを両親の目の前に突き付けた。


「彩さんのように先天性の疾患がある場合、入れる保険は限られています。彩さんにかけれている保険はこれですよね?」


 その書類を見た両親は急に口をつぐんだ。事情を理解していないであろう妹だけが「うるさい犯罪者!」と未だ北斗をののしっている。北斗はそれを無視して続けた。


「これにはこう書いてあります。『保険の支払いは本人または同居親族に限る』つまり、彩さんと同居していない限りあなた達が保険金を受け取る事は出来ない。そうですよね」

「なっ、そ、それはそうだが……なぜ君までそんな事を調べているのだね。ああそうか、君も彩に保険をかけて金を取ろうとしたんだろう!」

「君『も』?」

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