第3話 四年前の出会い




 雲の上の存在であるアレクシスは、普段は戦闘の場に出ない。

 後方支援と書類仕事が主で、入団して二年の間、レイナは戦う彼を見たことが無かった。


 その彼の──結界が弱まった際に、海辺から押し寄せてきた魔族の大群相手に、神の如き剣技を振るう姿を目の当たりにして……身体が震えた。


 彼の剣速は「神速」と言われ、振るう剣筋が見えない。ただ悠々と歩くだけで辺りを魔族の血の海に変え、それでもなお、整った容貌は乱れることが無かった。


 ただ気怠く、襲い来る魔族を吹っ飛ばし赤い華を咲かせる。


 呆れたように副隊長のジェイスが「あの野郎一人でいいんじゃねぇか?」とぼやく始末だ。


 それでも一騎当千の彼の攻撃を逃れた魔族や魔物を掃討する必要があり、初めての大きな実戦にレイナの脳内はヤバイ物質がまき散らされていた。


 目の前がクリアになり、向かってくる魔物の様子がスローモーションで見える。


(全部斬れる……!)


 向かってくるものをほぼ一刀で斬り伏せ、レイナは腕が痛もうが足が痛もうがただひたすらに、大群の中心で剣を振るうアレクシス目指して突き進んだ。


 少しでも傍に。

 彼の剣技を間近に。

 隊長と一緒に戦えるのなら死んでも──。


 危うい一線をレイナが踏み越えそうになった瞬間、それは起きた。


 眼光鋭く水平線を見つめるアレクシスの背後に、黒く闇が凝る。それは一瞬で刃の形となり、背後から隊長の背中を貫きそうに見えた。


 死に物狂いでアレクシスの傍を目指していたレイナは、誰よりも早くその存在に気付き、彼に注意を促すより先に身体を前に押し出していた。


 どん、と鈍い衝撃がレイナの身体を襲う。


 闇の刃の前に立ちふさがったレイナはワンテンポ遅れて振り返ったアレクシスの目に驚愕が過り、唖然と見開かれるのを見た。


(あ……隊長の目の色って……)

 夕日が沈む空の赤と、地平線に輝く金だ。


「ティントレイッ!」

(しかも顔と名前を憶えていてくださった……)


 刹那、腹の奥が引き攣るような激痛が全身を襲い、止める間もなく口から真っ赤な血が吐き出される。げふ、と空気と液体を吐くような咳が漏れ、視界がぐらんと揺らいだ。


 それもそのはず。


 レイナの身体の中心に突き刺さった闇の刃が、ぐぐっと鎌首をもたげるように上を向いたのだ。


(ッ)


 焼けつくような痛みが腹から全身へと回り、レイナは必死に悲鳴を堪えた。血が噴き出すほど強く唇を噛み、真っ白な手を握り締める。


 闇の刃は、自身の狙いがレイナではないと言わんばかりに、刃を上下に振るって串刺した彼女を遠くへ吹き飛ばそうとした。


 意識がもうろうとし、先程願ったように隊長のために自分は死ぬのだと……そう思った。


 刹那。


「──────消えろ」


 低く……唸るような、雷鳴のような声がどこかから発せられ、堕ちかけた意識がかすかに浮上する。


 転瞬。

 真っ白な光が炸裂し、辺り一帯の影が全て吹き飛んだ。


 アレクシス隊長を中心に、円状に炸裂した光魔法が、大挙して押し寄せていた魔族、魔物、その全てをあっという間に浄化していく。


 断末魔の叫びが轟くその中で、レイナは腹に穴をあけたまま大地に落下した。だが身体を衝撃が襲う前に何かに抱き留められ、虚ろに堕ちて行く眼差しの先に、青ざめた顔で大きく目を見開く端正な顔立ちが映った。


(……こんなに近くに……隊長が……)

「しっかりしろ。今助ける」


 きっぱりとした冷徹な声が告げ、次に何事かを後方に向かって叫ぶ。恐らく救援要請をしているのだろう。


「……たい……ちょ……」

「喋るな」


 小声で一喝され、彼の手が血まみれの腹部へと落とされる。柔らかな黄色い光が腹部を包み込み、気の遠くなるような痛みがほんの少し和らいだ気がした。

 それでも己の命が流れ出していくのがよくわかり、レイナは溢れる血を吐きながら、心からの言葉を伝えた。


 初めて見た、アレクシス・コールドウェル隊長の戦いぶりは、他のどの騎士とも違い、圧倒的に強く、光のように優雅で……。


「……す……き……でした」


 素敵だった。


 その思いを真っ直ぐ告げて、死んでもいいと瞼を閉じる際、レイナは視界の端にまるで幽霊でも見たような顔でこちらを見下ろす隊長を見かけてほんの少し……微笑んでしまった。


 ああ、驚いた顔も素敵だな、と。





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