第23話 大江山 4
『酒呑 大江山』の店内は薄暗く、武尊と大和は目が慣れるまでしばらく時間がかかった。ホストクラブにしては珍しく和を基調としていて、どちらかと言うと日本料理店のような雰囲気を醸し出している。
「私はジンと言います。どうぞお見知りおきを」
外国人の先輩ホストは軽く後ろを向いて会釈すると、再び前を向いて二人を先導して店内を進んだ。やがて一番奥の個室の前に立つと、彼は部屋の扉をコツコツと叩いた。
「カズマさん?」
「どうぞ」
当然と言えば当然だが、普通の人間の声で返事が返って来た。艶っぽくて色気のある男の声だ。武尊はごくりと唾を飲み込んだ。
(何があっても大和は無事に帰さないと。でも武器を持たない俺に何ができる? いや、考えてもしょうがない。鬼の首に噛みついてでも、あいつが逃げる時間を稼いでやる)
個室の扉が開いた瞬間、二つの顔が武尊の目に飛び込んできた。一人は長身の男で、オーナーのカズマに間違いない。控えめに言って絶世の美男子だった。透き通るような色白の肌を、綺麗に染まった長い金髪が縁取っている。アーモンド型の目に上品な形の唇、すっと通った鼻筋どれを取っても完璧だった。
その男性の傍に、オレンジ色のワンピースを着た少女が腰掛けている。こちらも相当な美人で、どことなく目元が真理子に似ている気がした。高い位置で一つに結んだ長い髪の先がくるんとカールして背中に流れ、綺麗なうなじを露わにしている。同じく露わになっている両耳には、変わった形の異なるイヤリングをしている。右耳のはまっすぐで、左耳のは曲線だ。くっきりとした二重瞼の中の瞳が二人を捉え、彼女が口を開いた。
「誰? 見ない人だけど」
「今日バイトの面接に来た新人ですよ」
「え〜? 面接があったの? 今日はカズマ君から電話してくれたからわざわざ来たのに」
「良かったら時子さんも一緒に面接してくれませんか」
カズマは武尊と大和に微笑みかけた。
「採用枠は一人なので、どっちがいいか女性目線で判断してください」
その時、武尊は確かに見た。明らかに時子の目つきが変わったのだ。すっと目を細め、武尊と大和の二人を交互にチラチラと見る。
(邪魔しやがって)
目は口ほどに物を言うというが、彼女がまさにそうだった。武尊は危険と分かっていながら彼女のために敵のアジトに踏み込んだことを内心後悔した。
(このクソガキ。助けに来てやったってのになんて態度だ)
「どっちもダメね。青臭くて女慣れしてない。きっと童貞よ。こんなのにホストが務まるわけないじゃない。さっさと追い返して。私はカズマ君と話したいの」
ものすごく腹立たしかったが、彼女の観察眼には感心するしかなかった。
(この女、一目で俺が童貞だと見抜くなんて。神か?)
「時子さんは手厳しいですね。でも顔は二人とも悪くないでしょう? こういう野暮ったいのを育てるのが好きな女性もいるんですから、もうちょっと付き合ってくださいよ」
「えぇ〜」
なんとか彼女をカズマから引き離したいのに、彼女が彼から離れる気がさらさらないときた。武尊と大和にとっては非常にまずい状況だった。カズマの狙いがなにか分からないのに、首根っこを掴まれた状態でこの場に立っていることしかできず、武尊の背中を冷や汗が伝って落ちた。
「カズマさん、辰巳花という女子高生を知っていますか?」
突然大和が辰巳の名を口にしたので、武尊は驚いて大和を振り返った。大和は感情の読めない目で武尊を見て、ただ頷いただけだった。
「知りませんね」
カズマは微笑みを絶やすことなく即答した。
「武尊のクラスメイトだったんですけど、彼女と付き合っていたんじゃないんですか?」
「はぁ、君は仮にもホスト志望なのですから、これくらいのことはわきまえていただかないといけないのですが……」
カズマは時子に向かってにっこりと頷いて見せた。
「女性の前で他の女性の話をするのはタブー、もってのほかの行為ですよ」
「いいわよ、カズマ君。私はその辺の女と違って勝手にあなたの彼女面したりしないから」
「時子さんのようにわきまえてらっしゃる方は意外と少ないんですよ」
「それに私もその辰巳花って子、聞いたことあるわ。姉さんのクラスメイトで、こないだ亡くなった子。男関係でクラスの女子と揉めてたって姉さんが言ってたけど、カズマ君のことだったの?」
「おや、時子さんには女子高生のお姉さんがいたんですね。ということは……」
「カズマ君ったら、私が高校生だって知ってたくせに」
「いえいえ、時子さんの色気は大人の女性も顔負けですよ」
二人だけにしかメリットのない不毛な会話に辟易して武尊が舌打ちすると、時子がきっと武尊を睨んだ。
「あんた態度悪いわね。本当にホスト志望なの? カズマ君、こいつらさっさと追い出してよ」
(やっぱりこんな女ほっといて一旦引けば良かった。俺はともかく、大和まで危険に晒しちまって……)
「時子さんは大和君を推しますか?」
「こんな無表情使えるわけないでしょ。どっちも不合格よ」
「おい!」
武尊はとうとう堪忍袋の尾が切れて時子にくってかかった。
「お前、言わせておけば、年上に対する態度がなってないぞ!」
どこかで聞いたセリフだな、と大和はこんな状況でも頼光の顔を思い出さずにはいられなかった。
「俺はともかく、大和を侮辱するのは許さんぞ!」
「なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないのよ? あんたこいつの彼氏?」
「俺は……!」
「片割れですよね。互いに離れ難い、運命の相手だ」
転生神楽〜大和武尊の現代鬼退治〜 鈴懸さら @serse
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