第9話 八岐大蛇 9

行方不明だった女子高生八人が、通っていた高校のプールの更衣室で遺体で発見されるという衝撃的なニュースは全国の高校生を震撼させ、渦中の武尊たちの高校は一週間の休校措置を取った。全校生徒に外出禁止令が出されており、武尊の両親も神経質になっていたため、武尊は本当に一週間一歩も外に出ることも友達と会うこともできなかった。


(みんな大丈夫かな。清次と、それから大和は……)


あの晩、武尊と大和は結局清次に会うことができなかった。


「渡部さん! 実はもう一人友達がお兄さんと一緒にこっちに向かってて……」


武尊と大和を家に送り届けようとする渡部に慌てて説明しようとしたが、彼は心得ているとばかりに頷いた。


「阿部君だね?」


「え……なぜそれを?」


「心配しなくていい。彼のお兄さんと我々は知り合いだ。弟君には自宅で待機してもらっている」


確かに清次は兄は霊感が強いと言っていたが、こんな偶然があるものなのだろうか。


清次には兄がいるのであまり心配はなかったが、問題は大和である。一人暮らしの大和と一週間も会えないのは気が気でなかったが、何せあの日初めて会ったばかりで、住所はもちろんのこと連絡先すら知らなかった。


(大丈夫かな? 一人で倒れてたりとか……っていや、子供じゃあるまいし)


一週間後の休校明け、武尊は気持ちが急いていつもより三十分も早く教室に着いてしまった。


驚いたことに清次も既に登校していた。


「あっ! 武尊、おはよう」


「おはよう。お前大丈夫だったか?」


武尊が席につくと、清次が近寄って来て周りを憚るように声を落とした。


「武尊こそ無事で良かった。僕は戻れなくてごめん……」


「いや、いいよ。お前がいても危ないだけだったし、兄さんの判断が正しかっただろ。実際俺たちだって……」


何もできなかった。タイミングよくあの大人たちが現れていなかったら、稲田先生はおそらく大蛇に食われていただろうし、武尊や大和も無事では済まなかっただろう。


「そう言えば、お前の兄さん俺たちを助けてくれた人と知り合いって言ってたけど」


「うん、僕も兄さんに島根の知り合いがいるなんて全然知らなかった」


「あの人たち、お前ん家行ったのか?」


「もう出てったみたいだけど、何日か兄さんの病院に泊まってたらしいよ」


僕はほとんど会ってないけど、と清次は肩をすくめた。


「あ、大和が来たよ! 大和、おはよう」


清次の声にはっと振り返ると、ちょうど大和が教室の入り口から入ってくるところだった。一週間振りに見る彼の姿に武尊の胸は熱くなった。


「おはよう」


「……おはよう」


大和は無表情で挨拶すると、武尊の前の席に腰掛けた。


「……その、一週間どうだった?」


武尊が少しぎこちなく聞くと、大和は軽く振り返った。


「特に何も。考えることが多くて、ずっと寝っ転がってた」


「あはは、俺もだ」


そうだ、と思い出したように武尊はスマホを取り出した。


「連絡先教えてくれよ。一週間気が気じゃなくてさ」


「何で?」


しまった。武尊は顔がかっと火照るのを感じたが、スマホを見るふりをして俯いて誤魔化した。


「あ、あんなことがあった後なんだから、そりゃ気になるだろ。お前しか共有できる奴いないんだし……」


大和はそれ以上は問い詰めず、スマホを出して連絡先を交換してくれた。


(よっしゃ!)


心の中でガッツポーズを取る。


(とりあえず、ただの知り合いから友達には一歩前進……したかな?)


「それで大山……」


「武尊でいいよ」


武尊はスマホの画面を見せながら笑った。


「俺の名前、大山武尊だから」


「……武尊」


大和は一瞬言いにくそうに口篭ったが、武尊の希望通りの呼び方に訂正してくれた。名前を呼ばれただけで親密な関係になった気がして、武尊は心がふわふわと浮つくのを感じた。


「あの後、渡部さんたちには会ったか?」


「会ってないよ。後で説明するって言ってたくせに、音沙汰無しだ。清次が俺の連絡先も住所も知ってるんだから、全く連絡できないってわけじゃないはずなのに……」


武尊ははあっとため息をついた。


「もう二度と会うことはないのかな。なんかよくわからないこと色々言ってたから、ちゃんと説明して欲しかったのに。まあ俺たち未成年だし、何の役にも立たないし、仕方ないのかな」


確かにこの世のもので無いものが見えたが、武尊たちにできたのはそれだけだった。


「あんな光る剣とか持ってないし」


「……そういえば」


大和がこめかみに手を当てながら眉根をギュッと寄せた。


「あの剣のことなんだが、あの、大蛇の尻尾から出て来たやつ」


「須佐さんが大蛇を倒したやつ?」


「そうだ」


あれは本当にかっこよかった。血の海に溺れていた剣が、彼の手に渡った途端光を放って、あの巨大な大蛇を一刀両断したのだ。


(あんな細腕の優男だったのに、たった一太刀で……)


男なら誰でも憧れるというものだろう。


「何か感じなかったか?」


「そりゃ感じたさ! 感極まったよ。めちゃくちゃかっこよかったもんな」


「……いや、そうじゃなくて」


大和は目を瞑った。それで、武尊は彼が前世の記憶を辿っていることに気がついた。


「そういえば大和、渡部さんの剣にも反応してたよな」


「そう、渡部さんの剣にも見覚えがあった。だけど、あの剣ほどの強い印象は無かった」


「強い印象?」


大蛇から出て来た剣は眩いばかりに光り輝き、あの巨大な蛇を一太刀で仕留めたのだ。印象が強烈なのは当然だろう。


そう指摘しても、大和は首を振るばかりだった。


「違う、そういうことではなくて……」


「あっ、先生が来るよ!」


清次の声が、二人だけの世界で話に没頭していた武尊と大和を現実に引き戻した。


(あんなことがあった後で大丈夫かな。結局先生とも何も話せなかったし。先生って霊感あるんだろうか?)


ガララ! と勢いよく教室の扉を開く音に、物思いに耽っていた武尊は飛び上がりそうになった。クラスの全員が、稲田先生らしかぬ乱暴なドアの開け方に驚きを隠せずにいた。


「えっ?」


しかしこの教室で、武尊と大和以上に驚いた生徒はいなかっただろう。一週間前までは華奢な稲田先生が立っていたその教壇に、二人の男性が立っていた。


スーツに黒髪、鋭い目つきの明らかに教師には見えない背の高い男性が真ん中に立ち、脇にジャージ姿の優男が控えていた。


スーツの男性は教室をぐるっと見渡し、武尊と大和を見つけると満足そうに頷いた。


「え〜、稲田先生はこの度寿退社されることになった。私が今日から君たちの副担任を務める、水本頼光だ。どうぞよろしく」

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