好きな子が髪を切った。
金石みずき
好きな子が髪を切った。
好きな子が失恋したかもしれない。
ちゃんと訊いたわけではないけれど、たぶんそう。
根拠は二つ。
突然、髪を切ってきたこと。
そして、彼女の幼なじみに恋人ができたこと。
髪を切るなんてよくあることだし、それだけで失恋したと考えるのは、いかにもありきたりで安直だ。だけど、小学校の頃から高校生の今に至るまでずっとロングだった髪を、首が出るくらいのショートに切るというのは、ちょっと大事だ。
さらに、彼女の幼なじみに恋人ができたこのタイミングで、ということが重なれば、疑って見てしまってもしょうがないと思う。
「――で、それを私に直接訊いてくるあたり、本当に佐野って感じ」
守屋は呆れたように大きく息を吐いた。
今は学校帰りの道を、二人で歩いている。いつもというわけではないけれど、珍しいと言うほどでもない。週に一度か二度ほど、時間と予定が合えばこういうことがあるというくらいだ。
「佐野はさぁ、もうちょっとデリカシーってやつを身に着けた方がいいんじゃない?」
「でも、今までそのせいで困ったことないから」
「今まさに私が困ってるんだけど」
守屋はステレオタイプな外国人みたいにオーバーなリアクションで肩をすくめてみせる。普通の日本人がやるには大仰で、でも美人の守屋にはそれがよく似合っていた。そしてそのたびに背中で揺れる長い髪が好きだった。今でも美人なのには変わりがないけれど、もう髪が揺れないのは少し寂しい。
「失恋、なのかなぁ」
守屋は「うーん」と眉根をいっぱい寄せて、腕を組んで首を傾げている。
「違うの?」
「違う、と思うけど、よくわからん。だって私、恋とかしたことないし」
「そうなんだ?」
じゃあなんで悩むのだろう? そう思っていると、守屋が続きを言った。
「別に、悲しいわけじゃないんだよね。でもなんかこう、張り合いがなくなったというか。今まで生きる中心にあったものが、ぽっかりとなくなったというか」
「だから髪を切ったの?」
「そう。あいつが似合うって言ってた髪を、ばっさり切ったらどうなるかなって」
「どうなった?」
「乾くの超早い」
言えてる、と同意した。長くて、さらさらで、つやつや。少し前までの守屋は、黙っていれば日本人形みたいだった。乾かすだけじゃなく、きっとケアだって大変だったはずだ。
特定の人のためにその犠牲を払うというのは、十分に恋に値するんじゃないだろうか。
「でもまぁ、そのおかげで今は佐野とお揃いだし? これも悪くないかも」
守屋はそう言って、さらりと私の髪を撫でつけた。小学校の頃から変わらない、ありきたりなショートボブ。突然訪れたセレンディピティに、喜んでいいのかわからず戸惑ってしまう。
私はずっと、守屋とお揃いのロングにしたかった。
でもロングは守屋のものって感じだし、昔一度挑戦してみようとしたこともあるけれど、肩をすぎたあたりでうねり出したのを見て、諦めた。パーマをかけてるみたいで羨ましいと言ってくれる人もいたけれど、それじゃあお揃いにはならない。
それがまさか、守屋の方から近づいてくるなんて、思ってもみなかった。
「理由はともかく、お揃いはちょっと嬉しいかな」
「お? そう? じゃあよかった」
守屋が屈託のない笑みを見せてくれる。あの似合っていたロングがもう見られないのは少し寂しいけれど、思っていたより守屋は元気そうだし、お揃いだし、やはりよかったかもしれない。差し引きプラスかな。
そんなふうに考えていたとき、守屋から言われた言葉は、私を大いに驚かせた。
「いざ髪を切ろうって思ったときに、一番最初に思い浮かんだのが、佐野だったから」
思わぬ不意打ちに、胸が強く鳴った。
「私の中でショートといえば佐野だからね」
守屋が笑いかけてくる。じわじわと胸の内からせり上がってくる感情に、口許が変になりそうで、必死に力を込めてこらえた。
守屋が自分を変えようと思ったときに、真っ先に私を思い出してくれた。その事実が途方もなく、嬉しかった。
「お? 顔赤い? もしかして照れてる~?」
黙り込んだ私を覗き込んできた守屋がからかうように言うので、ますます顔が熱くなる。自覚するとどんどん恥ずかしくなってきて、そんな姿を見られたくなくて、守屋と逆方向に顔を反らした。
「……嫌い」
「ごめん、ごめん」
素直に謝ってくる守屋に、背けていた顔を戻す。
ちょっとだけ思い切って「嘘。好き」と言ってやると、守屋はもちろん他意などなく「私も好きだよ~」とくっついてくる。
守屋の「好き」と、私の「好き」はだいぶ意味が違う。きっと守屋は、私の気持ちになど気づいてもいないだろう。
けれど、守屋がこれから毎日目にする髪型に、私と同じ髪型を選んでくれたことは、私にとって恋が叶うことと同じくらい価値のあることだった。
好きな子が髪を切った。 金石みずき @mizuki_kanaiwa
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