第124話 毒杯
砦に戻った後、てん菜畑が無事でよかった。
被害を受けた領民は一人もいなかったし。
戦利品のワイバーン用の宿舎は、マーヤが土魔法でささっと作ってくれた。天才すぎる。
そして、日本の両親が現れて、実家のことを一瞬忘れていたのを思い出した。
そう、例に漏れずザカロスの実家も国が敗北したので滅門である。
ザカロスの支配階級、貴族の者は支配の魔法紋を受け入れたら死は免れるが、それ以外は生涯ツェーザルロに反逆は出来ないという。
俺はビニエス家の生き残りが、死と従属どちらを選ぶか気になった。
終戦から九日後、執行官に同行したいと頼んで、20名の腕利きの護衛騎士と、ユージーンと一緒にスクロールで見に行った。
そのスクロールは使用者の記憶のある所に飛べるから。
ちなみに正式な契約紋が刻まれる前の今は、魔力封じの手枷、足枷がついてるらしいから、何もできないらしいし。
力の有力貴族の者から優先的に枷はつけられる。
侯爵家ならもうついてるはずだ。
◆ ◆ ◆
我々はジョーベルトの実家の庭に出た。
このビニエスの土地は俺が貰えるらしいが、沢山牧場と薬草園を作って、残りはうちの騎士にいずれあげようと思ってる。
ザカロスの高位貴族の屋敷の地下にはたいてい牢が付いてる。
ザカロスの貴族は自らの屋敷の牢に拘束され、王族はツェーザルロの塔に幽閉された。
因みに戦争に出ていた騎士階級はもっと広い場所で閉じ込められているらしい。捕虜収容所みたいな。
庭から屋敷に向かって歩いていたら、平民の使用人達が我々を見つけ、すぐさま頭を下げる。
そんな中、まっ先に俺に気がついた者がいた。
「ジョーベルト坊ちゃん!? と、ユージーン!?」
「……ああ、庭師の……サムだったか?」
確か庭師の男、サムだった。
「はい、サムです。生きておられたんですね……坊ちゃん」
「ユージーンが優秀だったのでね」
「お帰りなさいませ……」
俺は、ただいまとは、言わなかった。 特別帰りたい家でも無かったから。
ただ、終わりを見届けに来ただけ。
「サム、我々は地下牢へ行く」
「はい、坊ちゃん……」
薄暗く寒々しいカビ臭い地下牢には、母オティーリエと次男の兄がいた。
「まさか……お前が傾国の治癒師になるなんてな……」
は!?
「おい、なんて不吉な二つ名をつけてくれるんだ、レックス」
「ジョーベルト!!」
次男レックスの隣の牢の中から叫んだのはジョーベルトの母親オティーリエだった。
俺の……ではない。
「ふっ……傾国なんだって。笑えますね。オティーリエ、傾国の男を産んだ母親になった気分はいかがです?」
俺は皮肉めいた笑みをうかべた。
この女はジョーベルトが追放される時、庇わなかったから情もわかない。
「た、助けてちょうだい、あなたは私の息子よね?」
肉体以外はちがうけど。
「あなたの夫は……絶対に媚びないと言って自害したそうですが?」
俺はそう報告で聞いてる。
「私は非力な女よ! 夫とは違うわ!」
「非力とはおかしいな、貴族は女性でも魔力があるのに」
だからこそ、ジョーベルトは女から婚約破棄までされたんだろうが。
「戦いに出たことなんかないわ! 私は淑女だもの! 戦争は男が勝手にやるものなの!」
「……家門から追放される時、ジョーベルトを庇い立てする家族などはひとりもいませんでしたので、俺は最後の決断を聞きに来ただけです」
「……」
俺は家門を継ぐ事になった次男を見た。
彼は沈黙した。
もはや滅門ではあるが、この男が死と従属、どちらを選ぶか少し興味があったのだ。
「死と、従属はどちらを選ぶんだ?」
俺はレックスに問う。
「俺は……父上の息子だ」
ジョーベルトの母親の顔が青ざめた。
「レックス! 従属を選びなさい! 何もあなたまで死ぬことはないでしょう?」
「だから、母様、男と女では違うのですよ……」
「我はツェーザルロの執政官である。ビニエス家当主レックス。汝、死を選ぶと判断した、相違ないな?」
「はい」
「では、牢から出して刑場へ連行する。」
「刑場ですって!? やめて! せめて毒杯を! ジョーベルト!!」
公開処刑だけは避けたいらしい。
しかし毒杯て王族が使うのでは?
貴族も使うものか? 知らんけど。
「困ったな、毒消しなら持ってるけど、毒みたいは物騒なものは持ち歩いてないな……」
俺がそう言うと、
「ここに毒草を集めて作った毒があります……本来はケガした馬などを早く楽にする為に使うものですが……」
地下に使用人が入って来た。サムだ。
「先ほどの庭師か?」
執政官がサムを睥睨して言った。
「はい。せめて、これでお願いします」
庭師は毒と、ワインを手にして懇願していた。
仕えていた家門の主へのせめての情けなんだろう。
「……ネオ様がそれを許すなら許可しよう」
「ジョーベルト……お願い……お願いします」
ジョーベルトの母親は土下座して懇願した。
流石に哀れだな……。
「……毒杯を許す」
「感謝するよ……我が弟よ、そして、サム」
次男は俺とサムに礼を言って、ワインに毒を入れ、毒杯を煽って死んだ。
残るはしくしくと泣く、ジョーベルトの母親だ。
「執政官、こちらは戦争をしない淑女らしいから、隷属紋を刻んでやってくれ」
「かしこまりました」
そして、俺達は戦勝パーティーや凱旋式の準備のために、またツェーザルロに帰還することにした。
王都に一旦戻る執政官と別れる寸前、
「そういえば、ファビオラの父親はどうなったんだったかな?」
俺はもしや知っているかと、執政官に訊いてみた。
「海上戦にて船と共に轟沈し、死亡しております」
「なるほど……南無阿弥陀仏……」
「はい?」
聞き慣れない言葉に執政官が首を傾げた。
「なんでもないよ」
愛する娘を失って、とち狂って戦争の火種を撒いて、海の藻屑か……それでも子に愛があっただけ、ジョーベルトの父親よりはマシだった気がするので……俺は思わず念仏を唱えてから、スクロールでソーテーリアに戻ったのだった……。
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