第74話 竹灯籠祭り

 俺は書類手続きをする為にまた例の神官のいる神殿に来ていた。


「おじちゃんもいたいのなおせるの?」


 今日はアルテちゃんも一緒についてきて、本棚に本を入れる作業をしてる例の行倒れ神官の兄の方に何やら質問している。


 俺は今は弟の方に治癒の仕事にまつわる契約の書類を書いてもらいつつ、椅子に座ってお茶を飲みながら、そっと聴き耳を立てていた。



「癒しの奇跡が使えるのは、弟の方だよ。私は神様に祈ったり、結婚式やお葬式のお手伝いをしたり、子供達に読み書きや簡単な計算の仕方を教えたりするんだけど、今回は転移ゲートの管理するのが主なお仕事なんだ。猫ちゃんはどこか怪我をしたのかな?」


 神官には実際に癒しの奇跡を使える上位の神官と、そうでない一般的な神官が存在する。

 彼が言うように冠婚葬祭を扱ったり、日曜日的な存在の光の日に教会で教職のようなことをしたり、それこそ宗教的な説法をする役割の者達がいる。


 宗教というものは、悪いことをしたら天罰があるなどと伝えることで、ある程度は治安維持に役に立つものだ。

 無論、無神論者はいるから、アウトローはどこにでも存在する。



「アルテはどこもけがしてないよ。でも星になったパパとママのことをおもいだすとおむねのあたりがぎゅっとするの」


 うっ、やはりアルテちゃんは寂しいのかもしれない。



「そうか、お星様になったご両親のことを考えたらさみしくなることがあるんだね。物語を沢山読めるようになったら、少しは気が紛れるかもしれないよ」


「ものがたり……?」

「本を読んでもらったら主人公と同じ気持ちになった気がすることはないかな? まるで他の人の人生を一緒に生きてるような気分になれるかもしれない」


「でもオークやゴブリンにころされるおはなしあったよ」


「ああ。確かにつらい展開のある物語も多いけど、それを乗り越えた先に幸せがあったり、中には優しい物語ばかり書く人もいるから、ほら、これなんか優しい男の人のお話で、オークもゴブリンもでてこない」


「ようせいとりんごのきとやさしいおとこ」


 アルテちゃんは兄神官に手渡された本のタイトルを読み上げた。


「そう、その本は妖精とりんごの木と優しい男の物語。優しい男の人がある日蜘蛛の巣にひっかかった妖精を助けたら、病を治せるりんごの木を貰えた話だ」


「そのりんごはなんのやまいでもなおせるの?」

「そうだよ、優しい物語だからね、いろんな人を助ける事ができるりんごが出てくる」


「ふーん」

「今度村の子供達の前で読み聞かせをするから、気になるなら聞きにおいで」

「わかったー」



「子爵様、書類はこれでよろしいですか?」


 兄神官とアルテちゃんの会話に聴き耳を立てている間に弟の方が書類を書き終えたらしい。


「ん、ああ、ありがとう。じゃあこんな感じでよろしく」


「持ってる人からはそれなりに寄附を貰っていいけど、貧乏な人からはあまりお金を貰わないか農作物などでも治癒の対価の支払いを可能とする。と、いう事ですよね」


 足りない分は領主が補填する。


「ああ、でないと貧乏な人は治癒の奇跡が受けられないし、生きていけないからね。ただ、あまりに対価を返すそぶりがない甘えっぱなしの者になら出禁にするとか対応を考えてくれ」

「かしこまりました」


「アルテちゃん! 紙のお仕事終わったから帰るよー」

「はーい」



 神官から書き終えた書類を預かり、砦に戻る事にした。


「では、近いうちに灯籠祭りがあるし、貴族がゲートを使うのでその時はよろしくな」


 俺はイスから立ち上り、本棚の前にいる兄の方に声をかけた。


「はい、お任せください、こちらのゲートの石板と魔法陣にも私の魔力を登録しましたので、もういつでも使えます」

「ああ、頼んだ」



 俺はアルテちゃんを抱き上げ、神殿の外にある馬車まで運んだ。

 この程度のスキンシップで両親を魔物に殺されてなくしたらしいアルテちゃんの寂しさを、埋められるとも思えないが、何もしないよりはマシだろう。


 ◆ ◆ ◆


 灯籠祭りでいつぞやの大量に買い取ったリボンと布花で、髪飾りとブローチとシュシュを砦の女性達に駄賃を出して作ってもらったが、まだリボンは余ってるからまた使える。

 

 若い女性は髪飾りを髪に、服に華やかさを足したいなら胸元に飾ればいいし、やや控え目に飾りをつけたいなら手首にシュシュをはめればいい。


 ◆ ◆ ◆


 遂に大量のカレーの仕込みも終わり、灯籠祭り開催日となった。


 竹灯籠の明かりを灯すのは夕刻からなので、平民達は皆、農作業を終えた頃にやってくる。


 夕刻。

 池の周りと通路を飾る竹灯籠のロウソクに火が灯された。

 幻想的なオレンジ色の明かりが薄闇の中に浮かぶ。


 招待された村の女性達にリボンで作った飾りをドレスアップしたアルテちゃんや砦の兵士の子ども達が手渡して行くと、とても綺麗だと喜んで貰えた。


 いつメンの貴族の令嬢達もやって来た。

 ドレスもアクセサリーも豪華で美しい。


 かなりめかし込んでいて、気合いが入ってるように感じる。

 俺達は貴族らしい挨拶をかわした。


「とても幻想的な飾りですわね」


 ニコレット様が池の周辺の竹灯籠を眺めながら褒めてくれたし、


「オレンジ色の明かりがとても綺麗ですわ」

「本当に妖精でも出てきそうな雰囲気で素敵ですわー」


 レベッカ嬢とエマ嬢も目を細めてうっとりしてるようだった。


「ありがとうございます、今夜は小規模のお祭りではありますが楽しんで行ってください」



 そしてユージーンも無事に騎士の友達と共に来てくれたし、俺がうちに来てほしいと打診した騎士も様子見に来てくれたようだ。



「ネオ、ついに自分の領地でのお祝いだね」

「ああ、ありがとう。ところで騎士の仲間も連れて来てくれたんだな」

「うん」


 ユージーンの連れの騎士の方を見ると、それぞれ挨拶をしてくれた。やはり騎士はかっこいいな。


「あそこのテーブルに席を取ってるからな」

「ありがとう」


 一旦ユージーンと別れ、今度は係の者にカレーの配布開始を命じてから、また貴族令嬢達の元へ。


「ソル卿と男爵令嬢もこの間ぶりですね!」

「ええ、本日はおめでとうございます」

「ニコレット様のお供の私にまで招待状をありがとうございます」

「いえいえ」


 黒髪男爵令嬢とソル卿のことは気になるからな!

 スレ民だし! 


 そして本日お集まりの皆様に挨拶をした。

 しかし挨拶が長い校長先生とかは皆にだるいと思われるので、なる早で済ませた。



「ところでニコレット様の領地付近ではぐれドラゴンが出たそうですが、大丈夫ですか?」

「騎士団を派遣し、戦闘になったのですが負傷したドラゴンは遠くのお空に逃亡してしまったらしいですわ」


「流石にドラゴンは手強いですねぇ」

「ええ、でもひとまず山の関所は商人も手紙の配達人も通れるようになりましたわ」


「ひとまず手紙の問題は解決ですね」

「ええ。ところでネオ様、祭りの終わりの方でいいので少しお時間をいただけますか?」


 ニコレット様が恥じらいながら、そんなことを訊いて来た。


「この場で話し難い話なんですね、分かりました」


 何故かその瞬間、同じテーブルにいるレベッカ譲とエマ譲が緊張感をみなぎらせたが、ちょうどカレーの配布がはじまったので、皆でカレーを食べることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る