第72話 女房は川へ洗濯に。

 神官の兄の名前がエミディオ・マトロで、弟がガブリル・マトロか。


 俺は書類に二人の名前を書込んだ後、神官は見つかりましたと掲示板にも報告を入れたり、声をかけた所に手紙を送った。



 そして翌日。


 早朝から文官が持って来た書類を読んで驚いた。

 ──え? 結婚の承認? わざわざ承認とかいる!?

 なんで俺が? あ、領主てそんな仕事もするんだ!


 はっ!! まさか初夜権とかあるのか!?

 使わないけど!!



 まあ、初夜権が領主にあろうがなかろうが、使うことはないし、反対する理由もないから、ひとまず判子を押すか……いや、待てよ!?


 まさか借金のかたに売られて無理矢理、嫌な結婚させられるとかではないよな!?


 ちゃんと相思相愛か!? それならば問題はないが、一応リサーチに行くか……。

 これでふたりの人生がほぼ決まるわけだし。



「村に視察に行く」


 文官に一応ことわりをいれる俺。


「そうですか、まだ書類仕事もありますからなるべく早くお戻りくださいね」

「ああ、書類は馬車の中でも目を通すよ」



 そんな訳で一部の書類は持ち出すことにした。

 今回のお供は護衛騎士二人と魔法使いのマーヤさんのみ。

 アルテちゃんはお留守番で文字の読み書きのお勉強だ。


 ◆◆◆


 そして馬車移動の途中、いくつかの書類に目をとおした後、どうでもいい前世の記憶を思い出した。


 結婚といえば……男性も近年はブーケトスをするようになったんだったなぁ。

 男性のブーケトスはブロッコリーを使うらしい。

 男が投げるし、花よりよく飛ぶ。


 知り合いの男性が全力で取りに行ったとか昔聞いた。

 ウケるよな。


 しばらくして結婚申請のあったホリーとテオドル、二人の住んでいる村に到着した。


 まずは聞き込みだ。

 普通の平民のふりをして、俺は珍しい銀髪を隠し、フードも被った。


 騎士も冒険者風の衣装を着てもらった。



 そして聞き込み、情報収集といえば酒場だろうが、今はまだ午前中だ。


 川で雑談しながら洗濯してる夫人が二人いるから、そこから聞いてみよう。



「ちょっと聞きたい事があるんだが、ホリーさんてどんな娘かな?」

「ホリーですか? 気立てのよい、いい子ですよ」

「ホリーの家が貧しく借金があったりはするかな?」

「別に裕福ではないですが?」



 夫人は訝しげな顔をする。

 なんだこいつと思われてそう。



「ではテオドルの人柄は?」

「ホリーの幼馴染で働き者のいい青年です」


 そしてもう一人の夫人が口を挟んできた。


「テオドルは病の母親の世話もよくするいい子ですよ!」


 この女性がウソをつく理由はないはずだからおそらくは本当なんだろうが……。



「その母親の病はもう治りましたか?」

「残念ながら母親は二年前に亡くなりました。そろそろ喪も開けたので結婚するという話でね」

「……なんだ、どちらもいい人そうだな。別にホリーが借金のかたに無理矢理嫁がされるとかではないと」


「金のことならむしろテオドルの方が病の母親の為の薬代で苦労してたけどね」

「あんた、なんで二人の事をそんなに気にするのかね? まさかホリーに気があるんじゃ? 結婚間近の二人に波風立てるのはやめてあげなよ!?」


「いや、そんなつもりはないよ。領主の命令で借金のかたに愛もないのに無理矢理結婚させられるとかだと気の毒なことになるということで、ちょっと結婚許可書の判子を押す前に調査しにきただけだ」


「え、新しい領主の子爵様ってそんな事までいちいち気にかけてくれるのかい!?」

「そんな親切な領主は初めてだよ! これは驚きだわね! とりあえずあの二人の事ならちゃんと好きな者同士なので心配はいらないよ!」


「そうか、ありがとう。これは情報料だ」



 俺は忖度無しの情報が聞けたので、銅貨を2枚ずつ夫人に払った。



「え、こんなことでお金まで、ありがとね」

「あんた達は役場の人?」

「まあ、そんなとこだよ」



 夫人二人にお礼を言って、念の為に畑仕事をしていた男性の意見も聞いておく。



「テオドルとホリーてどんな感じの人達かな?」

「仲のよい幼馴染だよ」

「二人の性格は?」

「どちらも気立てのよい働き者の若者だよ」


 よし、調査完了!


「ありがとう、よければ小腹が空いたらコレをどうぞ」


 農夫には甘いりんごの砂糖漬けを渡した。



「お、美味そうだな! これは甘いもの好きな女房にやることにするよ! ありがとな!」


 農夫はガハハと笑った。

 自分で食べずに奥さんにあげるんだ!

 いい人!


 たいへん満足した俺はサッサと帰ることにした。



 ◆ ◆ ◆


 ネオが村を後にした、その夜の村の酒場でのこと。


 村のこじんまりとした酒場には、仕事終わりの者、晩飯の後にちょいと飲みに来た常連の男の客が数人いた。


 同じテーブルについた顔見知りの男二人はエールを呑みながら話をしている。



「そういやよー、なんか今朝なー川で洗濯してた女房のところに役場の人が来たらしくてよー」

「ん? 役場のやつがなんだって?」


「テオとホリーの事を聞いて回ってたとかでよ」

「なんのために?」


「ホリーが借金の為に望まぬ結婚を迫られてる訳ではないのか? みたいな確認に来たらしいぜ」

「はあ? あいつらは普通に恋仲じゃねえか、わざわざそんなことを確認する為に役場のやつが来たってのか?」


「それがそうらしい、領主の命令で調査に来たとか」

「呆れたお人好しの領主だな! いちいち平民のそんなことを気にするなんて!」


「まあ、でも本当にホリーに借金あったらどうにかしてくれるって事なのか?」

「仕事を紹介してくれたり?」


「ハハハッ、こいつは驚きだ! お優しいことで!」

「新領主様にカンパーイ!」

「そうだ、こんど領主の砦で祭りがあるらしいな!」

「ただ酒飲めるらしいから歓迎!!」


「ただ飯もあるってよ!」

「やったぜ!」



 そうして陽気に笑い合う男達の声は酒場中に響き、酒の肴に新領主の噂が村中に広がったのだった。











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