第50話 閑話 「とある文官眼鏡令嬢のお話」
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「歴史に名を残す騎士になれなくとも、お嬢様、あなたの記憶の中に永遠に刻まれる騎士になれたら、それは私の誇りであり、栄光です。
あまねく光が、あなたと共にありますように。この忠誠と剣を貴方に捧げます」
「貴方の魂、受け取りました」
◆◆◆
ふー、騎士と令嬢の物語、クライマックスはこれでいいわね。
王弟殿下の統治する辺境伯領の城に住まう文官たる私は、ため息と共に一人自室で羽ペンを置いた。
仕事の合間の執筆は、やはり疲れるわね。
本当は……男主人と騎士の物語が書きたいけど、おおっぴらに紙の本にはそういうのは書けないし。
私はかけていた眼鏡を置き、椅子の上で伸びをして体をほぐす。
貴族の血は引いていても、大した持参金も用意出来ないため、私は嫁ぐよりも文章を書いて身を立てようとしている。
無論、文官としての稼ぎは有るが、実家の親の作った事業失敗の借金の返済にだいぶ取られている。
「さて、今日も息抜きに同僚の富豪文官さんからお借りした魔道具で魔導サロンを閲覧しましょう……」
あ、私の同性主従ネタ文章に反応が来てる、嬉しい!
ここは薔薇のお部屋があるから、思いつくままネタを書き散らすのに都合がいい。
紙やインクも消耗しないし、読者の反応がすぐに見られる。
それにしても最近我が辺境伯領の領地を割譲されるという新入り主従は心が踊る組み合わせだ。
銀髪の美しい貴族の主に優しい眼差しの茶髪の騎士。
しかも乳兄弟で、追放からの駆け落ちだなんて! ワクワクしちゃうわね。
ぐぅ~~。
夢中になって執筆していたらお腹が空いていたわね。
食堂に行きましょう。
辺境伯の城の廊下で、珍しくうさ耳獣人の女の子がいて、キョロキョロしている。
何か困っているような表情にしょんぼり垂れた長いうさ耳。
あの銀髪さんの連れ帰った子よね?
声をかけてみましょう。
「あの、あなた、どうかしましたか?」
「す、すみません、迷ってしまって」
「どちらに行きたいのですか?」
「しょ、食堂に……」
「ちょうど私もそこに行くところですので、案内しましょう」
「ありがとうございます!」
カツコツと靴を鳴らして石造りの堅牢な城の廊下を歩く私の後ろを、素直に着いてくるうさ耳さん。
途中獣人の女の子が珍しくて同じ文官や騎士、あるいは使用人達の熱い視線を集めるけれど、王弟殿下の保護下にあるという札を首から下げているから、誰も手出しできない様子。
「着きました、ここが食堂です」
私達はにぎやかな人々の会話と食事の香りが混ざり合う空間に到着した。
ここは文官や騎士爵を持つような貴族が使う食堂で、通常使用人はもう一つ隣の部屋だけど、確かこの娘達は今、客人扱いらしいからここでいいはず。
「ありがとうございます!」
最近までは彼女の部屋に直接食事が運ばれていたのかもと、私はトレイの重なる棚の前に立ち、説明をする事にした。
「まずここのトレイを一つ取って、好きな料理を選んで皿に乗せるという流れよ。ここまで分かるかしら?」
「はい!」
うさ耳さんは私と同じように、トレイをとった。
パンとサラダ、そして豆と野菜と豚肉のスープと、最後にお好みの果物を選んでいく。
秋といえばぶどうとリンゴなので、変色防止で塩水に漬けられたカットリンゴとぶどうを数粒皿に取る。
使用人の食堂だと、果物は出ないのよね。
リンゴ以外はたいてい高価だから。
私はギリギリ貴族の血筋だから食べられてよかったわ。
我々は食事をトレイに乗せ、空いているテーブル席についた。
彼女は遠慮がちに私の隣に座っている。
せっかくなので銀髪さんと茶髪君の主従のお話でも聞いてみようかしら?
「大森林ではあの銀髪の方と茶髪の従者の方はどうでした?」
「!! とても仲がよくて、信頼しあってる風でしたよ」
彼女は意外な事を聞かれたという風に驚いた顔をしていた。
そうよね、普通は珍しく人前にいる獣人の方に興味を持つものよね。
通常は彼等獣人は森に引きこもっているか、奴隷狩りにあって誰かのペットのようにして飼われているものだし。
「なるほど、ありがとう」
私はその情報に思わずいい笑顔になってスープを飲んだ。
素敵な主従の話しを聞きながら飲むスープは格別だわね!
先日のパーティーでも銀髪さんはきらびやかで目を引いたわ。
侯爵令嬢と踊ったりしていたけれど、人目の少ないバルコニーで従者騎士との密会をしている妄想も捗ったし。
「先日お見かけしたあの美しい侯爵令嬢の魔道具には、主従のお二人が仲良く川や海で遊んでいる様子まで記録されているようですし」
「ま、まあ〜本当に仲がいいのねえ〜〜」
なにそれ、すごく見たい!! でも木っ葉貧乏貴族の私は高位貴族においそれと声はかけられない!
無念! だけど妄想で乗り切ろう! 私には想像力がある!
無事に食事にあり付いたうさ耳さんの様子を確認して、私は食事を終えた。
お腹もみたされたし、午後の仕事もがんばろう!
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