第2話 ツェーザルロ国

 船出して、しばらくするとどんよりとした空が晴れて来た。


 良かった。

 今では青空に白い海鳥も飛んでいて、景色だけ見たら普通の船旅。

 家族に命狙われて逃亡中だけど。



「ところでお前は兎も角さ、俺は偽名使う方が良くないか?」

「それはそうかも」


 じゃあ、日本での本名がムネオだから、ムを取って……



「ネオでいいや」

「どこから考えついた名前? 本名からだいぶかけ離れてるけど、大丈夫かな?」


 えーと、日本名の方から取ってるとは言えないから……、



「あー遠い国の言葉でな、ネオは新しい、新たなって意味もあるから、生まれ変わった感じで……」

「へー、そんな記憶は残ってるんだな」


「か、偏ってるよなぁ、俺の記憶。我ながらおかしいとは思うけどな」

「まあ、なんにも残ってないよりはいいよ、多分」

「それはそうだな、赤子くらいの知能だと大変だし」



 そんな言い訳をしつつ、俺達は日陰になっている甲板に座り込んだ。

 海を見ながら、干し肉をワイルドに齧る。

 貴重なタンパク源だ。

 硬いけど、スルメみたいなもんだろ。


 剣と魔法のある世界でも獣人やエルフとかはいないのかな?

 と、船内を見てみるが、このへんには獣人は、いないようだ。

 全部ヒューマンだ。



 少し残念だが仕方ない。

 しばらく船旅を続けていると、昼過ぎに隣国に着いた。

 関所を通るための列に並ぶ。


 ここは偽名を名乗って大丈夫なのかな?

 ここは、まだ本名で通すべきか?

 身分証とかどうするんだ?


 景色ばかり見てないで船の中で聞いておけばよかった。


 などど、ドキドキしたけど、ユージーンが何かの木札を見せたら、無事、隣国に俺も入国できた。



 俺は港から離れ、城門をくぐった後、町中の雑踏に紛れつつ、小声でユージーンに問いかけた。



「さっきの関所で見せ木札って身分証か?」

「ああ、侯爵家の使用人の持つやつだよ、交易とかもするお抱え商人とかも同じものを持ってるから、便利なんだ」

「ああ、それで俺達は商人にも擬態できるんだな」

「そういうこと」

 


 その便利な身分証、屋敷を出る時に奪われなくて良かったな。

 まあ、殺してから奪うつもりだったのかもしれないけど。


 港から離れて隣国の街並みを見てみると、雑多な人種が混ざっているように見える。


 茶髪、黒髪、金髪、など、様々だから。

 俺と同じような銀髪はなんか少ないな、老人の白髪なら多いけど。


 ちなみに今は念の為に頭からターバンのような布を巻いてる。

 砂漠に住まう人のような姿である。



「さしあたって宿を探すか仕事を探すかしないとね」

「都合よく宿で求人ないかなぁ」

「じゃあ求人があるかはわからないけど、とりあえず今夜の宿を押さえておこうか」


「ああ。夜になってからいきなり行ってもう部屋は空いて無いって言われるよりはいいな」



 知らない国で野宿は不安だし、チェックインだけはしとこう。


 というわけで、あまりにグレードの低い安宿だとダニとか怖いのでそこそこの宿をとった。


 部屋は広くはないけど、普通に汚くない程度の。

 残念ながらこの宿での求人はなかった。

 昔ながらの家族経営。


 そしてこの宿では食事の提供がないし、仕事を探すためにも俺達は鍵を預かって、一旦外にでる。


 落ち着く為に、一つ深呼吸した。

 他国なので、あの命を狙われた領地内よりは気が楽だ。


 ふと、鼻腔をくすぐる匂いがした。


「あ、香ばしい……美味そうな匂いする」

「鳥肉を焼いてるみたいだね」



 ユージーンの視線の先には鳥肉を焼く屋台があった。

 看板には黒い羽の鳥が描かれている。



「あれ、昼飯代わりに買って食ってみよう、いや、食べようか」


 おっと、貴族の坊ちゃまにしてはお口が悪いか。



「平民のふりならさっきの方がいいんじゃないかな」

「それはそうだよな! 俺もそう思う!」


 そして鳥肉手羽を焼いたものを、俺達は一本ずつ購入した。

 それにはハーブらしきものがふりかけてあり、持ち手は一応葉っぱが巻かれてる。



 早速食らいついてみると、表面の皮もパリパリだし、少しピリッとしてて美味しい。

 肉質も柔らかくていい。

 行儀はよくないが、歩きながら骨付き肉にかぶりついていたら、急に女性の声で呼び止められた。


「ちょっとそこのお兄さん」


 壁際にいかにもな占い師がテントの屋根的なものとテーブルと椅子と、手前に水晶玉って感じのこじんまりとした店を出していた。


 そこにいる占い師の女が手招きする。


「すまない、今は占いにかけるお金はないから」


 俺がそう客引きを断ろうとしたが、



「お代? じゃあ食べかけのその鳥肉でもいいよ」


 なんだ? 

 見知らぬ男の食べかけでも欲しいほど腹減ってるのか?


 すると女の方からぐぅ~という、腹の音が聞こえた。


 ……仕方ないな。



「何か俺に言いたいことが?」



 俺は仕方なく手羽を占い師に手渡しつつ聞いた。



「あちらの方に、白い灯台が見えるだろ?」


 女は掴んだ手羽で方角を示した。


「ああ、見えるけど」


「その灯台に行ってごらん、いい出会いがきっとあるよ」

「はあ? それって美女?」

「そうだよ」


 女はそんな意味深な事を言いつつも手羽をもぐもぐと食ってる。

 かなりシュールだ。



「肉が欲しくてテキトー言ってない?」

「もぐもぐ……行けばわかるさ、お前さんの秘められた力も、そこで使うといい…もぐもぐ」

「秘められた力ってなに?」



「これ以上聞くならもう一本だよ」



 占い師は俺のあげた肉を食い終わり、骨を近くのゴミ箱に放り投げ、次に俺の隣に立つ、手羽を持つユージーンの方をロックオンしてる。



「食べさしなんだけど。ま、いいか、そっちが気にしないなら」



 ユージーンも腹減り女に同情したのか、食べかけの手羽をあげてしまった。



「それで、彼の秘められた力って?」


 ユージーンもさっきの会話を聞いていたらしい。



「胸を揉め!」

「「は!?」」


 思わず俺とユージーンの声がハモる。



「胸を揉めって、女性の胸を?」


 俺は占い師の女にあらためて確認を取る。

 おっぱい揉むでファイナルアンサーか?



「そうだ、もぐもぐ……そうすれば……もぐもぐ分かる!」

「セクハラじゃん! 絶対に怒って通報される!」


「されないよ、試してごらん」

「そんなバカな!」

「……えっと、ネオ。もう行こう」



 俺の新しい呼び名を思い出して呼びかけたユージーンは、ため息をついてズボンのポケットから取り出したハンカチで手を拭き、そのあと俺にハンカチを貸してくれた。

 俺も少し脂のついた手をハンカチで拭いてから、



「と、とりあえず灯台に本当に美人がいるかだけ見に行くか!」



 ユージーンを誘ってみた。



「え? 今の信じたの?」

「美人と隠された力はほら、気になるじゃん! 胸を揉むは置いといて!」


「でも隠された力が女性の胸に触れないと覚醒しないなら殴られるか通報されるのではってさっき自分でも言ってたじゃないか」


「俺も一瞬そう思ったけど、心臓マッサージ! いや、胸をさすってあげないといけない女性が倒れてる可能性がある!」


 金持ちの女性だったら助けたら金一封とか!

 にしても、この世界に心臓マッサージの概念などはないかもしれないのにうっかりあちらの単語が出てしまうな。


 気をつけないと……以前とは全くの別人とわかるとユージーンにも見捨てられるかも。




「女性が倒れてるかもって? 全くもう」



 とはいえ、美人と謎スキルは気になる!

 これから先、また一人になる可能性もあるなら、何か特別な力が欲しい!



「どうせ行くあてはないんだし、岬の灯台見物だと思えば!」



 仕事なくて今は暇だし!



「分かったよ、急ぐ旅でもないからね」

「そうだ、俺達には無限の時間がある!」


 ニート状態だから!



「無限はないと思うな、金があるうちだけだよ……」

「それはまあ、そうだな。とにかく夏は日が長いから、今から行っても灯台から綺麗な夕日も見れるかもしれないから行こう!」












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