第47話
ルクの転移先は森だった。サタヴァはルクになだめられて鳥の姿から人の姿に戻った。
彼は幼い頃に人から他の生きものに姿を変えることができるようになったのだった。
その当時、仲良しの蜥蜴の子が、
サタヴァの住まいの周辺で火山の噴火のため人はみな死んでしまうことを予知し、
親友の彼の体を耐えうるよう変化させようと、おのが種の成人の儀式を自分と共に受けさせた結果、そうなったのであった。
生き物には進化の時、または成長に応じてその姿を変化させるものがいる。
この蜥蜴の種類は、成人の折、姿が変わるものだった。
人はこれらとは種が異なり、自らの姿は変わらない。
必要とあれば、姿ではなく、使う道具の類を変化させていく。
生き物の元を限りなく辿っていけば、どこかで分かれたにしても、同じものにたどり着くかもしれない。
最も、姿を変える力は人においては、あったとしても封印されたような状態であった。
だがその成人の儀式を共に受けたことにより、サタヴァの奥にあった封印されたものが解き放たれたのであろうか。
彼は、体を人とは違う姿へと変化させることができるようになった。
そしてその時、彼は蜥蜴と人とが混ざりあったような姿となったのだった。
蜥蜴の仲間に、環境に耐えうる姿へと導かれたためである。
しかし、姿の変わった彼を見て両親や祖父は彼を化け物と罵り、捨てた。
そして、本当の自分達の子、孫を返せと、
お前のような妖魔のせいで彼を失ったのだとなじった。
姿が変わる前の自分と、変わった後の自分を別人であると断じたのだった。
人の姿にその時戻れれば良かったのだが、彼本人が望んでこうなったわけではなく、また戻り方がわからなかったので、両親たちとの誤解がとけることはなかった。
彼は幼いまま家の近くの山を放浪した。獲物の取り方もわからず、助けるものもおらず、人に会うことがあっても魔物として攻撃されることが多かった。
ただ当時の姿は蜥蜴に近い形だったこともあり、知らない植物を食べたり、捉えた小動物を火を通さずそのまま食べても、体の方は問題なかった。
その後、親達の住んでいた場所は火山の噴火により壊滅状態となり、誰も生きている者は居なくなった。
彼がその時一人だけ無事だったのは、その蜥蜴に似た姿では、皮膚がえらく丈夫な上に柔らかく、
周り中が普通の人は耐えることができないくらいの高熱な場所となっていても、わりと平気な状態となっていたからであった。
その後、山々を超えて移動してきた彼を拾ったのは、彼がおじいさんと呼ぶ武術を修業する仙人であった。
仙人は彼に一種の興味をもち、話を聞いた後では憐れみをいだいて、彼を引き取る形となった。
おじいさんと暮らしながら、彼は心が安定し、人の姿に変化することを覚えた。
人の姿に戻る、ではなく変化する、ことである。
人として成長してゆく力の対価として変化する能力を得たようなものだったのか、
それとも人の姿であろうとしたときには、成長する時期をすでに過ぎてしまっていたためなのか、それはわからない。
人の姿を真似たものになったと言うべきだろうか。人の姿となっていても、体が通常の人間より遥かに強いのはそのままであった。
また他の生き物と接する折に、親密度が高まればその姿形を真似ることが可能となっていた。
この度彼が変化した姿は、炎をまとう鳥の姿であったが、かつて彼が出会った炎の鳥からその姿の有り様を学んだのであった。
また姿を変化するだけではなく、様々な魔法のような能力も、同時に目覚めたらしく、身につけていた。
ただ心の問題があった。
このことで彼の師は苦悩した。
この弟子は人の身ではあり得ない技を身につけることとなっていたが、
同時に心の奥底では人間を厭い、人から疎まれたり阻害されるのを当然のことと感じている。
幼少時家族に拒絶されたことは拭っても払えない忘れようがない心の傷となり、
人の種全般に対する、一種強い恨みとなっていたのであった。
彼は、そのままでは魔の側へと容易に引きずりこまれてしまうこととなるだろう。
師は彼に心を強くもてと、祈りをするよう説いた。
日々の祈りは姿が人であることを助けた。
だが、人とは違う部分を時には相手に察知されることがある。
ヤトルを術に捉えた妖魔などはサタヴァを仲間扱いし、共に喰らおうと誘いをかけた。
また巨大な鳥は人の二人に狙いをつけたが、サタヴァは強敵であるとして狙わなかった。
聖女アーシイアはサタヴァの姿が作られたものだと見抜いた。
人と魔の境に生きているようであると、普通に人の間で暮らすのは難しいことだと、サタヴァは感じており、
人とあまり関わらない生活を送るようになっていたのだった。
しかし旅をはじめて出会った、
仲間だと友だと言ってくれる二人は、彼にとって初めての友となった。
師の次に会えた、人とのつながりを保つ一筋の光のように思える人間達であった。
それでも二人に対して自分の体のことを打ち明けるつもりはなかった。
ちょっと変わっていても普通の人間だと思われているからこそ、友人だとしてくれている可能性が高い。
自身の秘するところを知られると友情を失うリスクが大きい。サタヴァは話すことを恐れたのである。
だがもうその二人と会うことは無い…
あの時、三人で砦を出ていれば…
そもそも砦に行こうとしなければ…
どちらも自分が言い出したことだった。
ルクはサタヴァがいつまでも泣いているのを慰めあぐねて、
「お前の師とやらが、広く世間を見てこいと言った折、何と言われたかよく思い出せ」と言った。
「外に出てよく人と交われ。
朱に交われば赤くなるという。
お前は様々な人と交流をし、そして人となれ。
決して魔の側へ向かってはいかん」そう言われたのであった。
「人となれる鍵になれる人達に会えたが失った。
ルクが止めなければさらに人を殺めるところだった。
自分には人たる何かがどうしても手に入らない。」
サタヴァは言う。
「俺はそれでもいい。あいつらさえ生きていてくれたら。俺を知られ俺のことを嫌うようになっていても」
「人の心が無いと、友を失って怒りや悲しみを感じることはないぞ?」とルク。
「術を使える人が一番恐ろしく思わねばならんのは、人の心を失ってかつ大きな力をふるえることだ。
これは害を及ぼす。魔として退治するほかないのだ。
友のために苦しむお前は立派に人であるといえるのだぞ、サタヴァ。」
「立派で無くともよい。力も使えなくともよい。つまるところ人になれずともよい。
あいつらが生きていさえすれば。」
ルクはずっとサタヴァが安らぎ眠るまでそばで話し、寄り添い続けたのであった。
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