第30話
「聖女?」
サタヴァの気配察知ではアーシイアが人ではないと感じている。
もちろん妖魔シャプナの身内なら、人ではないだろうが…
「誤解なきようにお話しますが」アーシイアは言った。
「聖女とは、本来は女神様のお力をこの世に体現した存在であるとされています。
しかし、聖女自体がそもそも伝説であり、目の当たりにした者などの話は遠い遠い昔の話です。
私は帝国側が用意した、作られた役職としての聖女です。人心掌握のためのお飾りの存在なのです。」
アーシイアは一礼してみせた。
「失礼ながら、お飾りと言っている割には、そちらから強い力を感じるが…」
「今は女神様が人間に対し力を貸すことをやめているため、人間がこの世界でかつて存在した魔法とやらを使うことはほとんどできないのです。
魔法を人が使えないと言っても、
人によっては産まれながらそういう方面に強いご縁があったり、
心ざしが曲がることなく清かったりする場合は使える場合もあるなど、例外もあるようですが、滅多におりません。」
アーシイアはサタヴァのまわりを歩きながら話している。
歩みにつれて、背中の長い白黒の髪が月光に輝いて揺れている。
「しかし、人間以外のものは以前と同じように、ごく普通に魔法を使うことができています。
例えば、この私のように。産まれは獣であり、妖力の強さから妖魔であるとされているものは良く魔法は使えます。
あなたが言っている私から感じられる強い力というのは、聖女の力ではなく、妖魔の力なのです。
妖魔の身ではありますが、女神様のお役にたちたく思っており、
聖なる祈りを日々捧げております。自らのためのみには力を用いないようにしております。
いつかは妖魔ではなく、聖獣もしくは仙獣となれれば幸いです。」
「帝国側ではそちらが妖魔であるとわかっているのだろうか?」
「帝国側の人間はそれを知る術はありません。彼らにはそういうことを看破する力はもうありません。
彼らは、大貴族かその血を引いた者が魔法を使えるとしておりますが、
実際使えている者は現在ほとんどおりませんし、当事者である大貴族はそのことはよくわかっており、使えないことを秘密にしております。
その嘘は信じられています。なぜなら、十何年か前までは魔法が使えていたためです。
一般の大多数の者は、大貴族は魔法は使えるが滅多に行使しないのだと、そう思っています。
このように魔法に関する知識は隠匿されているし、現在使えないため研究することもできないので、
彼らには我々が魔法で人の姿へ変身したとしても、看破することなどできません。
聖女へ私が任命されたのは偶然か、女神様のご配慮によるものです。
聖女としての仕事も、ただ神殿で毎日祈るだけとなっておりますゆえ、ただの人間でも問題なかったと思われます。
実際、お飾りなことは公然の秘密であるため、この度の討伐などからは外されております。」
アーシイアはサタヴァを見ながら言う。
「ところであなたは…シャプナが話したクガヤという人物では無さそうですね。」
アーシイアはサタヴァの周りをまわりながら、彼のことを観察していたようだ。
サタヴァと話をしながら、アーシイアの怒りの表情は次第に落ち着いて来ている。
「日々お祈りをされていますね。祈りの御言葉が、あなたを取り巻いているのが見えます。それでその姿」
「クガヤに用事なら呼んで来ようか」
「その必要はないけど」クガヤの声がした。「目が覚めたので外に出てみたんだけど。」クガヤはアーシイアのそばに歩いて来た。
「俺になんか用ですか?」
「私はアーシイア。シャプナの姉です。」アーシイアはクガヤをにらみながら自己紹介した。
「シャプナ!シャプナが来てるのか!」クガヤは叫んだ。「シャプナに会わせてくれ!会って謝りたいんだ!」
「謝る?」アーシイアは眉をしかめた。
「悪いけど、これ以上シャプナに関わらないでほしいの。
あなたのお嫌いな妖魔に会ってもう一度話したところで、一体何を言うのやら。
私はここであなたにはっきり言いたい。
妖魔というだけでは悪しき存在ではない。
その力の使い方により良くも悪くもなっているだけ。そのへんは人と同じ。
妖力をもつ生き物であるというだけで、嫌ったり見下したりする人間の方がよほど悪しき存在です。」
「その件は本当に悪かったと思うんだけど、
こちらも妖魔に会うの初めてだったし、どういうものかわからず、
どうすべきかうまく判断できなかったんだ。
俺も筋を通したいんだ。本人に直接謝りたい。シャプナに会わせてくれないか。」
アーシイアがなおも駄目だと言おうとしたとき、いきなり空間に黒い長四角があらわれ、その中からシャプナが走ってきた。「クガヤ!」
シャプナの後ろから、トコトコと黒く大きめな猫がついて出てきた。黒い長四角は閉じた。
「シャプナ!」クガヤとシャプナは見つめあった。
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