第2話

ギズモンド卿は恰幅の良い体躯を揺らしながら早足で歩いていた。出陣までもうあまり間もないのだ。


「ここにおいででしたか!」部下が自分を見てすぐに駆け寄ってきた。


部下の話を要約してみると、徴兵地のひとつであるハズモデの地からは、兵が誰一人来ていないがよろしいでしょうか、という確認だった。


・・・先方が徴兵の連絡を丸々無視したということか…


ハズモデはここアイオーン帝国の中心部からは離れた土地で、帝国に対しては一員だという意識はない。


むしろ反感が強いといえる場所だ。


一応帝国側としては強引に自らの版図としているが、実態はほぼ自治領で、納税もなければ遠方で交通の便も悪いため交易もほぼない。


この度の出陣は、帝国領土にせまる勢いで急速に台頭した魔王軍並びに多数あらわれた魔獣の勢力をそぐ目的となっている。


正規軍に加え各地方で徴兵をかけているが、その徴兵地の選定基準は、敵の被害をじかにこうむると思われる辺境や、その近接地を念頭に定められたとされてはいる。だが・・・


不参加の地域が出ると、一定の戦果をあげたとしても、終わったのち不公平だったと文句をつける連中が出てくるかもしれない。

 

実務遂行の立場の自分がその責任を問われる可能性に思い至り、ギズモンドは黒い口髭の下の唇を強く引き結んだため、普段の強面が二割増しになってしまった。

 

この件について話し合おうと、参謀であるレベラを呼び尋ねた。


「いや~あの辺の地域が徴兵に応じないかもしれないと見越してのことかもわかりません。


そもそも言うことを聞かなさそうなのはわかっていますからね。


・・・応じないことを理由に、戦後この件を言いがかりにして何か行動をおこすつもりかもわからないです。


何をするつもりだろうとは・・・こちらからは言えないですが」

途中からは小声になって話をしている。


「それはそうなれば問題だが、それについて今どうこうしようというわけではない。


気になるのはこの俺がこの件で責任があると追及されるかもわからんことだ。」


地位あるもの同士での様々な形での足の引っ張り合いは多々あるため、口実は少しでも与えたくないものである。


「まあ状況によっては、なにかしらの責任を取れという声はあがるかもしれないですね。」


このあたりの会話もずっと小声のままだ。


「いま集まっている兵のうち、少し人員をさいて、ハズモデの地域の兵とするのはどうか」


「これまで集まっている兵についてはまず難しいです。」


説明によると、徴兵の条件で、集められた人数により、諸地域の税金を優遇か、もしくは報奨金をだすようになっているため、送りだす側ではおそらくどの程度の利益になるかはあらかじめ考えているのではと思われる。


そのため、こちらで人員をハズモデにさいて配置してしまうと、先方への利益配分が変わり、まず確実に苦情がでる。


ハズモデに人員を配置しなかった場合は、苦情は出るかもしれないが出ないかもしれない。


配置した場合は確実に苦情が出て、しかもこちらの指示でということのため、より危うい橋を渡ることとなる。


現状そのままにしておいた方がいいという結論になってしまった。


結局、上からの命令だから、細かい問題で文句がでる予測があっても、こちらがかきまわさない方が現時点ではいいだろう、という希望的観測で話し合いは終わった。


ただ当面の問題を棚上げにしただけという感が残るが、だからといってやりようもないため、その点には二人とも目をつぶったのだった。

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