第26話 ひみつ

 ブツブツ言いながら帰っていくカイル王子を見送った後、オレとレイ、そしてAIセツだけが訓練部屋に残った。


 セツが家に対して『今からの話はご内密に』などと言っているのが聞こえる。


 AIが家を【お喋りクソ野郎】であると認識していることと、そいつに口止めまでして話そうとしている内容にちょっとだけビビるオレ。


 でも聞かねばならぬ。


 腹を決めたオレは椅子にドカッと腰を下ろした。


「で、内密の話とは?」


 オレが切り出すと、前の席に座ったレイの赤いリボンから、セツが言いにくそうにしゃべりだした。


『あの……ですね。レイさまとルドガーさまの連携の件なのですが……』


 なんだ、なんだ?


 AIセツには思い当たることがあるのか?


『もしかしたら、なのですが……』


 なんだかとっても言いにくい内容なんですかね?


 あんたAIなのに、ずいぶんと気を持たせますなぁ。


『ちょっとだけ、コレかな? と思うものがあるのです』


 ほうほう。


 それは教えてもらいたいね。


『レイさま。例のアレをお願いします』


「あいっ」


 元気なお返事と共に立ち上がったレイは、トトトッと見学用部屋の仕切りを超えて訓練部屋の中央あたりまで走っていた。


 そして、例の踏ん張ってるような顔に力の入った表情になる。


 ジワジワ光っていると思っているうち、グングンと巨大化するレイ。


 まぁ、コレは何度も見てるけど?


『ルドガーさま。レイさまに乗り込んでみてください』


 セツがオレを呼んでいる。


 といっても、どこから乗り込めというんだ?


 オレは不思議に思いながらも、巨大化したレイの足元へ行ってみた。


『レイさま、お願いします』


「あいっ」


 元気なお返事の後、オレはレイのちょっと丸めの手にヒョイとつままれた。


「えっ⁈」


 そのまま持ち上げられたオレは、レイの口の中にポイッと放り込まれた。


「あぁ⁈」


 悲鳴をあげながらレイの口に吸いこまれるオレ。


 ちょっ、待てよっ。


 オレをどうする気だよっ。


 食うのか? お前、人間を食うタイプのロボット生命体だったのか⁈


 その口にパクりと飲み込まれるオレ……暗いよ、狭いよ、ヨダレでベタベタだよぉ~。


 全身ベッチョベチョになりながら、暗い中を滑り落ちていく。


 辿り着いた先は……え? どこだよ、ココ。胃か?


 などと思っている間に黄色の液体がどぱぁ~と攻めてきた。


 なんだコレは、胃液か?


「うががぁ~」


 あっという間に液体に飲み込まれたオレはもがく。


 やめろっ、窒息するっ。オレをココからだぜっ! ゴボボ……。


 と思っていたらセツの冷静な声が響いた。


『落ち着いてください、ルドガーさま』


 落ち着けるかぁぁぁっ!


 オレは溺死寸前なんだぞっ!


 しかもこの液体、ネバネバしているうえに微妙な臭いがするんだぞっ!


『その液体は人体には影響がありません。保護用の溶液です。窒息も、溺死もしませんので、落ち着いてください』


 あら、そうなの?


 死なないなら……まぁ、いったん落ち着こうか。


 微妙な臭いは変わらないが、確かに息はできるな?


『説明させていただきます。いまルドガーさまを包んでいる液体は、搭乗者保護のためのものです。ルドガーさまを害するものではありません』


 へぇー、そうなんだ。


 搭乗者保護用か……え? 搭乗者?


『レイさまが変型して飛行できることは、すでにご存じですよね? その際、中に人を乗せて飛ぶこともできるのです』


 ほお。そうだったのか。


『レイさまは五歳ですし、人類は弱い生き物です。雑な扱いで万が一のことがあってはいけませんので、保護溶液を注入させていただきました』


 まぁ、確かに。


 人類はロボット生命体よりは脆弱な生命体だよね。


 レイが幼児でいきなり行動しがちなのも事実だし。


 でもさー、それならそれで事前に言って欲しかったなぁ。


『最悪、体がバラバラに損壊してしまう可能性がありましたので事後報告となりましたが、ご了承ください』


 あー、レイが次になに何をするとか、どう動くか読めないからね。


 いきなり空高く舞い上がり、高速で飛ばれて体がバラバラになるよりはいいか。


 ……って、いいのか?


『ルドガーさまも知っての通り、レイさまは変型して宇宙船になることができます。宇宙船ということは、大気圏内の空だけでなく、大気圏外にも飛び出していけるということです。ルドガーさまが搭乗した状態で、レイさまがノリノリで宇宙まで飛んで行ってしまうと大変危険です』


 そりゃそうだ。


『今後もレイさまに搭乗された際は、問答無用で保護溶液が流し込まれることとなります』


 そっかぁ。


 安全対策バッチリだね……ってそうか?


『保護溶液があればルドガーさまは安全に乗ることができます』


 確かにこれならオレでも乗っていられる。


 でも勝手に動き回るレイの中にいるのって、意味ある?


『ルドガーさま。その操縦席には操縦桿など用意してありますので、必要に応じてお使いください』


 おお、コレか。


 立って使うタイプの操縦桿らしきものがある。


 床からニョッと生えているようなタイプで、椅子とはない。


 血栓症対策?


 操縦桿以外、何もない。


 つかまる場所もないんで、操縦桿を握って後は保護溶液のクッション機能任せか?


「ルドガー、のった。じゃ、レイちゃんとぶ」


「わっ⁈」


 グランと全体が軋んだ。


 ガシャンガシャンガシャンと衝撃が伝わり、気付けば正面に窓が現れていた。


『レイさまは宇宙船に変型しました』


 セツが説明してくれたけど、それがなかったらどうなっているのかさっぱり分からないね、くらいの感覚だ。


 モニターの類もないから、セツに聞くか、魔法で探知するかしないと状況把握が難しい。


「いくっ」


「あっ⁈」


 レイは叫ぶが早いかフワンと上がって、ピュンと飛び始めた。


「ちょっ……レイっ!」


 オレは慌てて操縦桿を握った。


 というか、操縦桿に縋り付いているといっても過言ではない。


 ピュンピュン旋回しながら高速で飛び回るレイは、ジェットコースーなんて目じゃないほどの絶叫マシンだ。


 何がどうなっているのかさっぱり分からない。


 急上昇に急降下、加速も、減速も、どのタイミングでくるのか全く読めない。


 急加速で始まって激しい宙返りや急停車と激しいことこのうえない。


 どんなアトラクションだよっ!


 上昇や下降、加速に旋回、停止など急の付くものが何時どっちの方向へかかるか分からないのだ。


 身構えようがない。


 オレは操縦桿を掴んだ手が開かなくなるんじゃないかと思うほど、しっかりと握りしめていた。

 


↫↯↭༼༽↭↯↬



 気持ち悪い。

 

 オレはレイの口から床にペッとされて、力なく寝転がった。


『大丈夫ですか? ルドガーさま』


 むろん大丈夫じゃねぇーよ。


 全身ベトベトで気持ち悪い。


 こう……人間としての尊厳がバラバラに砕かれた気がする。


 体は無事だけどな。


 オレは寝そべったまま、クリーンを自分にかけて汚れを落とした。


 でも精神的ダメージは回復されない。


 しばらく寝かせといてくれ。床だけど。


『ライ。このことは、ご内密にね』


『承知した』


 セツと家の内緒話が聞こえる。


 ああ、そうしてくれ。


 今日あったことは内緒だ――――



 と、思っていた時期がオレにもありました。


 アニカとタミーさんの視線が妙に温かく、気遣いに満ちている。


 これは……話しやがったな、あの魔法の家おしゃべりクソやろうっ!

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