第25話 レイちゃんのお家修行
レイの修行は、家を中心に行われることとなった。
「おそと、とびたい」
とレイが言い出したときには、騎士団の練習場を借りている。
空に飛びあがると森は目隠しにならないのであまり意味はない気もするが、レイはまだ子どもで回りを破壊しながら飛んだりするので外の方が安全だ。
住人がレイを見かけても「なんだ。新種の鳥か?」くらいしか思わないことも、国の調査で判明している。
騎士団の練習場を使うと、もれなくカイル王子が湧いて出るのが鬱陶しいが仕方ない。
未来の上司に、下手なことは言えないからだ。
隣に控えている爺やさんが温かな笑みを浮かべて大人しくしている限り、オレもそれにならうこととした。
安定した王城勤めの職を失わないためには、大切なことなんだろう。
多分。
アニカも、レイの観察と称して一緒にいることが多い。
手帳を片手に何かを書き込んでいたり、ガラス板のついた片眼鏡でジッとレイを見たりしている。
研究者モードのアニカは、ため息がでるほどカッコいい。
こっそり盗み見たりできるから、この点についてはレイに感謝している。
レイのスケジュールは、アニカとオレ、それにAIセツで決めた。
当人もそこにいるが、いまいち使い物にはならない。
五歳児なので、当人に聞いても反応がイマイチ。
ここは大人(?)が決めてしまうのが、正解だろう。
朝は六時に起きて朝食をとり、午前中はひとっ飛びするか家のなかでトレーニング。
昼食後は昼寝。
そのあとは、午後のトレーニング。
夕食を済ませると割と早く寝てしまうため、夜は遊んでいる感じだ。
勉強はさせなくてよいのかとセツに聞いたところ、ロボット生命体は脳がある程度育ったら急速に知識を吸収したくなる時期があり、そこで集中学習するから日ごろの勉強は必要ないとのこと。
便利な体質で羨ましいな、ロボット生命体。
人間は地道に学習するしかないので、カイル王子がレイのトレーニングに顔出しすることは減った。
いっときは頻繁に来ていたが、どうやら王妃さまに怒られたらしい。
やはり国王教育というものがあるらしく、カイル王子は勉強に忙しくしている。
この国の未来のためにカイル王子には、しっかり学んで欲しいとオレは思う。
それでも、全く訪問がないというわけではない。
鍛錬の時間を一部、割り当てて会いに来ている。
この王子、マメだ。
でもパワーが違い過ぎて、見学したって意味がなさすぎると思うんだよ、お兄さんは。
見るだけでも参考になるんだとカイル王子は言い張るものの、レイのやる事なんてメチャクチャすぎて参考になるはずなどない。
鉄アレイだろうと、バーベルだろうと、飽きるとお手玉にし始めるヤツのトレーニングが何の参考になるというのか。
そもそも、そんな危ない所に王子を招き入れていいものか。
王子とオレが揉めていたら、家が間仕切りをして別室から覗けるようにしてくれた。
『分厚くて丈夫なガラスをはめた窓から覗けば安全でしょう?』
などと恩着せがましい言い方をする家。
いや、防護魔法をかければよいだけでは?
なんてオレは思ったりもしたが、そこは爺やさんがちゃんとしてくれるらしい。
知らなかったが爺やさんは元魔法騎士で、カイル王子の護衛も兼任しているそうだ。
お供の護衛も二人くらいしかつけずに気軽に動いているなぁ王太子なのに、と思っていたが、それなら納得だ。
いくら平和な国だからって不用心だと思っていたが、理由があった。
ならば、心置きなく見学してもらおう。
見るべきものがあるならな。
カイル王子は目にハートマーク浮かべたりして、何を見てるんだろうねぇ。
目の前の幼児は、すでに飽きていた。
何キロの鉄アレイを持ち上げていようと、それをバーベルに持ち替えようと、飽きる時には飽きる。
それが幼児だ。
「今日もレイちゃん絶好調だね」
「うんっ」
アニカに褒められて真面目にバーベルでトレーニングをしていたレイだが、どうやら飽きてしまったようだ。
バーベルをボンッと床に落とし始めた。
持ち上げては落とし、持ち上げては落として遊んでいる。
ロボット生命体は、疲れよりも先に飽きがくるらしい。
アニカは、メモ帳にペンで何か書いている。
ロボット生命体は飽きっぽい、とでも書いているのだろうか?
レイは、飽きてもトレーニングを止める気はないらしい。
チロッとアニカの方を見たり、天井を見たりして悪い笑みを浮かべている。
飽きられた鉄アレイやバーベルがどうなるか?
壁や天井にぶつけられるのだ。
わざとらしく床に落とす時もあるが、レイの場合、それは準備運動のようなものらしい。
家だって、床にバーベル落とされる程度であれば予想内だ。
ちょっとやめてくださいよぉ、とか、床にクル、とか言いながらも笑うだけの余裕がある。
それが壁や天井になると、どうなるか?
『ハハハ。ちょっと止めてくださいよ、レイちゃん』
最初は半笑いだったが。
『ちょっ……止めて、マジ止めて』
といった感じで、どんどんマジトーンになっていくのだ。
いいぞレイ、もっとやれ。
壁や天井がボッコボコになって、家が半泣きで止めてと言い出すそのタイミングまで突き進め。
そう思いながら見ているが、程よい所でAIセツがレイを止める。
『レイさま。そろそろダンベルを壁にぶつけて遊ぶのは、止めてください』
「えー、もう?」
『ダンベルは、玩具ではありません。下に置いてください』
レイはちょっと不満げだが、良い子なのでセツの言う通りダンベルを床に置いた。
セツは正しく子守りAIなのだが、面白味には欠ける。
真面目か。
いっそ壁に穴をぶち抜いちゃってください先生、って気分なのにレイをセツが止めた。
家は調子に乗ってるから、一度トコトン痛い目をみたらいいのに。
そこにカイル王子が、爺やを伴って入ってきた。
「調子はどうだ?」
「まぁまぁです」
「どうした魔法使い、恐い顔をして。」
カイル王子の後ろから、タミーさんが紅茶と琥珀糖が乗ったワゴンをひいてはいってきた。
これは休憩のタイミングか?
「レイ、ちょっと休もう」
オレが声をかけると、こちらを見たレイがニコッと笑って駆け寄ってくる。
その姿は、可愛い。
が、やってることはわりとえげつないよな、と思いながらオレはボロボロの壁に目をやった。
ウッ、とか、グッとか小さくうめいている家の声がわざとらしく響いている。
サクッと無視していると、何も言わずにテーブルと人数分の椅子が仕切りの内側に現れた。
アニカは「ありがとう」とか家に言っているが、オレは黙って用意された椅子に座った。
カイル王子の左隣にレイが座り、オレの横にはアニカが座った。
爺やさんは、カイル王子の右隣りに立っている。
タミーさんは、ワゴンを置いてキッチンへと戻っていった。
「私も、レイちゃんと一緒に、トレーニングがしたい」
紅茶をすすりながらカイル王子はぼやいた。
至れり尽くせりなのに、カイル王子は少々不満げだ。
だが、そんなこと構っている暇はない。
レイと仲良くお茶するくらいで、満足して欲しい。
オレたちは、いつ来るか分からない魔族の襲撃に備えなきゃならないんだ。
とはいえ、何を準備しておけばいいのか。
一応、トレーニングらしきことをさせてはいるが、それが何かの役に立つとも思えない。
勇者ダブル態勢なら、オレとレイの連携が必要なんじゃないのか?
その辺のことについても、考えなきゃいけないな。
『そのことですが、内密でお話が……』
またオレの心を読んだらしきセツが、小声で話しかけてきた。
どんな秘密があるのだろうか?
なにを言われても、オレは驚かないと思うけどな。
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