第19話 家との打ち合わせは雰囲気で

『分かった、家主よ。レイちゃんの修行に適したお部屋を用意しよう。リクエストは?』


「んー、広ければ広いほどいいかな? レイはデカくなったり小さくなったり出来るらしい」


『あい分かった。レイちゃんは伸縮自在、と。メモメモ……』


 メモ要るんか、家よ……。


 カイル王子たちと別れ、自宅に戻ったオレはさっそく家と打ち合わせに入った。


 ちなみにレイは夕食前のひと眠りをしている。


 アニカは今日までに分かったことをまとめるといって自室にこもった。


 これは夕食前に何度か呼びに行かないといけないパターンだ。


 もっとも今なら、レイの観察チャンスという誘い出し文句が使えるから、思ってるほど時間はかからないかもしれない。


 アニカも魔法塔である職場に在宅勤務の許可をもらったそうだから、一緒にいられる時間が増えそうだ。


 オレの死に絶えた表情筋も緩む状況であるが、心置きなく現状を楽しむためには面倒ごとを先にやっつけておきたい。


 そのひとつが家との打ち合わせである。


 ちなみにレイが寝ているので、AIセツも一緒に寝ている。


 なんか色々と面倒になったら、家との話し合いをセツに依頼してやってもらう予定だ。


 が、今はまだその時ではない。


 基本方針は人間が決めておかないと、魔法の家とAIに任せきりというのは怖すぎる。


「広さは、どのくらいまでいける?」


『それは愚問だ、家主よ。私の内部は無限大だ』


「ん……無限、と」


 オレは一応、メモをとるよ。


 職場に報告書ださなきゃいけないし。


『物のない部屋とある部屋と、どちらがいいかな? 家主よ』


「それは状況次第だな。レイの身体能力が分からないし」


『鉄アレイとかバーベルとかも用意できるぞ』


「ん、それは危険だから止めとこ」


 レイは物があるとぶん投げて力を見せつけようとする所があるからな。


 近くに他人がいる時には要注意だ。


 今日投げた石とか、カイル王子の上へ落ちたらペチャンコになっちゃうトコだったよ。


 オレは防御用シールドを展開するつもりだからいいけど、対策なしでは危ない。


「それにレイは体を大きくすることができるからね。重い物を用意しても、それに合わせて体のサイズを変えられたら実力が分からない」


 体のサイズを変えられる能力も危険だ。


 こちらの都合に合わせて変えてもらわないと意味がない。


 勝手にデカくなられても狭い場所だと崩れるし、倒れてこられたら普通の人間はペチャンコだ。


 悪意があろうとなかろうと、痛いものは痛いだろう。


 あの能力ひとつとっても、レイの気分で動かれたら危険だ。


「天井や壁が壊されたって、お前なら自分で修復できるよな?」


『もちろん。でも、家主も元に戻すのは出来るだろう?』


「ああ。だが、初期値だぞ。お前がちょこちょこ変わるから記録をとってない」


 そう、コイツは勝手に間取りを変える家だ。


 レイの修行とか理由をつけながら好き勝手するに違いない。


 人の立っている床を動かさずに間取りを変える、という技も最近習得したものだ。


 変形中の魔法の家に人間が巻き込まれたら、壁から生えたり、天井から生えたりする羽目になる。


『なんだったら、見学者用の部屋は分けて用意したらよいのではないか?』


 ん、それもひとつの手だね。


 検討する価値はあるが、そうなったらそうなったで家とレイが悪ノリしてしっちゃかめっちゃかになる未来しか見えない。


『レイちゃんは石が好きなようだから、いい感じに握りやすそうな大きな石でも……』


「却下だ」


 レイに石を与えるのは危険だ。


 それは止めてくれ。


『ダンベルでも何でも出せるぞ、家主よ。なんだったら魔族でも……』

 

「却下だ」


 マジで止めろ。


 楽しい我が家に魔族出すとか、マジで止めろ。


『家主はお堅いな。しょうがない。魔族はシミュレーションにしよう』


 家~! おま、魔族召喚するつもりだったのか⁈


 シミュレーションでもアレなのに、現物をレイに支給してどうするっ⁈


「基本的な能力を見せてもらうところから始めることにするよ」


『それがいいな、家主よ。ロボット生命体にどんな能力があるのか、見せてもらうのが楽しみだ』


「そうだな」


 観察は基本だからね。


 レイが能力を披露するとなったら、アニカも見たいだろう。


 彼女はオレよりも意思疎通ができているようだから、アニカからレイに指示を出したり、セツに指示を出してもらうほうが楽かもしれない。


 それにしてもアニカが家と直接、意思疎通はかれるようになってしまったのは残念だ。


 オレを通して欲しかった。


 アニカを魔法の家ヘンタイから守るためにも、オレは間に入りたかったな。


 今はアニカと家が直で話せてしまうので、ちょっと寂しい。


 少し前まで何か知りたいことがアニカにあった場合、ノートに質問を書いておいてもらってオレが答えを家に聞いて書き込むという、交換ノート方式だったのだ。


 交換ノート方式の方がコミュ障のオレでも無理なく交流がはかれる。


 もっとも、アニカとは一緒に住んでるんだから、いくらでも交流しようと思えばできる。


 だが、それができれば苦労はしない。


 オレはコミュ障なんだ。


 不審な行動をとってアニカに嫌われたくない。


 自分が出来ることと、実際にすることの間には深くて大きな川がある。


「レイは小さくもなれるんだが……位置の把握は大丈夫だよな?」


『もちろんだ、家主よ』


 そう、コイツは住人の位置を常に把握できる。


 だからさー、カイル王子がかくれんぼして行方不明になったとき、護衛たちに情報をすんなり出しとけばオレが家のお守りをする羽目にならなかったんだよー。


 カイル王子が内緒だよって言ったからって、時間が来るまで護衛にも教えてないとかありえないからな?


 お前が『守秘義務です』とか言ってだんまり決め込むから、オレがお世話係に任命されたんだぞ。


 まぁ、アニカと一緒に住めてるからいいんだけどさー。


 でもさー、魔法の家の管理とか、ロボット生命体のお世話とか、割と面倒なんだけど?


 基本、オレの職場での仕事は楽なんだけどさー。


 プライベートの方がややこしくなるって、それはそれで嫌じゃない?


 嫌って言っていいよね?


 オレってば仕事はメチャクチャ楽だけど、プライベートがメッチャ面倒なことになってない?


 公私は分けたいタイプなんだけどなぁ。


 でも、完全分離だとアニカとも完全分離……。


「難しい顔してどうしたの?」


 わっ、びっくりした。


 後ろから突然アニカに声をかけられて、オレは内心飛び上がるほど驚いた。


「ふふ、冷静沈着な魔法使いさん」


 いや、ちっとも冷静沈着じゃないですけど。


 特に君の前では。


「魔法の家との打ち合わせは終わった?」


 まだ全然終わっていません。


 多分、終わるとか終わらないとか意味ないです。


 魔法の家には意思があり、こっちの要求通りに動くことはあり得ない。


 変形するときに人がいる場所の床まで回さない、を覚えるのにだって時間がかかった。


「アニカは……」


「あぁ、私? レイちゃんの寝顔を観察しつつ調査資料をまとめてたの」


 そうなんだ。


 自室にこもっていたわけじゃなかったんだね。


「レイちゃんがいつまでコッチの世界にいるか分からないでしょ? 今のうちに観察できる所はしておこうと思って」


 研究絡みとなると熱心だね。


 そんな君も素敵だよ。


「で、そろそろ夕食だよ。タミーさんに呼んできてって頼まれたの」


 ん、いつもと立場が逆だね。


 たまには、こっちのパターンもいいなぁ。


「本格的な修行は明日からでしょ? 今日はレイちゃんの歓迎会がてら賑やかに夕食にしようよ」


 そうだな。


 レイはロボット生命体といっても子どもだから成長期だ。


 夜は早めに寝かせたほうがいいかもな。


 修行するにしても長時間やったら、成長期の体によくないかもしれない。


「食事も修行のうちよね。一緒にご飯食べましょ」


 アニカは笑いながらオレの腕をとった。


 両手で巻き込むように絡めとられたオレの腕は、アニカの胸に当たってる。


 柔らかい……。


「ささ、タミーさんの美味しいご飯が冷めないうちに行こう」


 それ、いつもオレが言ってるセリフ。


 今日は立場が逆転してるけど、美味しい思いをしているのはオレだから不問に付す!

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