第2話 魔法の家
重たい色をした厚地のカーテンが開けられて日差しが室内に差し込む。
ベッドの上で目を覚ましたオレは、窓の方向へゴロンと寝返りを打った。
「っん……」
小さく呻いて窓の外を見れば、レースのカーテン越しでも分かるほど晴れた空が広がっていた。
この国は夏がとことん暑くて、冬はひたすらに寒い。
四季は一応あるのだが、快適な春と秋は気付く前に終わっていたりするほど短いのだ。
今は春。
暖房も、冷房も、要らない快適な陽気である。
『おはよう、家主』
季節は快適であるが、自宅が快適であるかどうかは別問題である。
なぜならこの家は喋るからだ。
『そろそろ起きる時間です』
我が家は国から支給された魔道具だ。
見た目は立派な屋敷で、名前もあるし、意志もある。
王家の宝のひとつであるこの屋敷、ライニングマジックベルト・ザ・シャトーは変形可能な屋敷型の魔道具だ。
なぜそんなモノにオレが住んでいるかというと、かくれんぼをしていた幼い王子をコイツが本気で隠してしまい大騒ぎになったからだ。
王子の頼みを聞き入れたまで、とキリッとした声で答えた意志を持つ魔道具は、魔力が強くて意志があるくせに常識が無くて危険と判断されてオレに押し付けられた。
そんな事情を知らなかったオレは、就職と共に支給された立派な屋敷に浮かれたものだ。
こうして王都に出てきてからのオレの一日は、妙に良い声で始まるようになってしまった。
今となっては、あの希望に満ち溢れたウキウキ沸き立つオレの気持ちを返してくれ、とすら思う。
コイツは屋敷に一歩足を踏み入れたオレに、何の前触れもなく『我が名はライニングマジックベルト・ザ・シャトー』と話しかけてきた陽気な魔道具であり、完全無欠の問題児だ。
『今日もいい天気だぞ』
そうでしょうね、と思いつつ返事をしないでいると更に話しかけてくるのだ、この家は。
『早く起きろ、家主』
オレは中世風の街並みが広がる王都の城下町に住んでいて、この家の見た目は街に馴染む重厚で落ち着きある豪華な造りになっている。
『仕事に行かなくていいのか?』
だがこの家はメッチャ喋る、ちっとも落ち着きがない構ってちゃんだ。
こっちが返事をしないと止まらない。
お前は母親なのか、それとも目覚まし時計か、とツッコミたくなるほど話し続ける。
『家主?』
ちなみにコイツは男性の声で喋るのだが、家に性別とかあるのだろうか?
怖いから本人(家)に聞いたことはないけれど。
『起きないならベッドを片付けるぞ?』
一向に起きないオレに焦れて家が脅しをかけてきた。
「やめろ」
コイツにはマジでベッドを跡形もなく片付ける能力がある。
朝一番から床へキスする羽目になるのはごめんだ。
オレは渋々ベッドから降りた。
家というものは勝手に間取りが変わったり、置いた物が知らない間に消えたりしないのが良いのであって、住人の生活にガッツリ介入されるのは勘弁して欲しい。
そんな理屈は、『私のことは気楽にライちゃんとでも呼んでくれ、家主よ』と話しかけてくる魔道具には通じない。
本当に魔道具なのか? 呪いとかかかってんじゃないのか?
オレが住むことになったのは、そんな疑惑のある家だ。
住居が意志を持った喋る魔道具だと何が不便かというと、始終見張られているような気持ちになることだ。
十八歳で王都に出てきて二年経ち、オレは二十歳になった。
この監視体制付きの屋敷にも最近は、ちょっとだけ慣れた。
とはいえ、認識阻害の魔道具はバチクソ使っている。
プライバシーは大切だ。
身支度を整えて部屋の外に出ると、出勤してきたお手伝いさんと出くわした。
「あら、ルドガーさま。おはようございます」
「おはよう、タミーさん」
我が家の家事を担当してくれているお手伝いさんは、タミーという。
茶色の瞳と髪を持つ、ふくよかな中年女性だ。
優しくて穏やかな彼女は魔法が使えるので、魔道具屋敷である我が家でも安心だ。
「朝食は出来ておりますので、いつでも召し上がっていただけますよ」
「ありがとう、タミーさん」
タミーさんの言葉遣いが丁寧なのは、彼女の信条でありアイデンティティなのだそうだ。
平民のオレが年上の彼女に丁寧な言葉で接してもらうのは気が引けるのだが、アイデンティティなら仕方ないと受け入れている。
タミーさんは通いのお手伝いさんなので、この家に住んではいない。
だが、ココにはオレ以外にも住んでいる者がいる。
通路を挟んだ反対側のドアが開いて、そこからひょっこり現れたのは、幼馴染のアニカだ。
「おはよう、ルド」
「ぁ……おはよう、アニカ」
我が家の気まぐれで間取りがちょいちょい変わったりするのだが、今朝のアニカの部屋はオレの部屋の向かいにあったようだ。
茶色の瞳と髪をした巨乳のアニカは同い年の二十歳で、魔法の研究をしている。
彼女は、オレの想い人だ。
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