9-2

 膝撃ち姿勢で放たれた斉射に、エラ王国旅団は撤退するしかなかった。ここでまさかの、一割が撃ち殺された。

 半鳥人同士のいざこざの場合、遠距離武器と言えば弓だったが、盾を使う種族ではなかった。よけきれなかった攻撃は、甘んじて受けるべきだという独特の考えを持っていた。


 一か所しかない通路に逃げ込むが、あぶれた何人かは蜂の巣にされた。ワトリーニ隊長がみな無事かと聞いたが、答える者がいない代わりに、呻き声が充満する。狭い空間では九十人の兵力は活かせない。密集してお互いがお互いの邪魔になる。かといって、策もなく再び広間に飛び出れば格好の餌食となる。


「こうなったら、盾がいるな」ワトリーニ隊長は唇を歪めて自嘲的に笑みを浮かべる。


「あらあら、お客様が来ているの?」


 ファルスの声だ。女のような話し方をする男に驚いた兵が顔を出した。途端、額を撃ち抜かれて通路に籠城する仲間に血を浴びせる。混乱が広がった。慌ててに逃げ出そうとする者がいたので、通路に引き留めた拍子に広間にあぶれ、撃ち殺された。


 ワトリーニ隊長が一喝。「みな落ち着け! 壁を使ってやつらから見えない位置につけ」


 兵らは通路の壁に身を潜める。


「よく見ろ。あれは、オカマという奴だ。女として扱ってやれ。ただし、男の一面を見せるのなら、男として殺してもかまわん。筋力や肉体的雄々しさは男だからな」


 あれは、オカマという生き物なのかとアレガは関心する。ウロやオオアギもあれに似ているなぁと思う。女なのに男っぽいから逆だが。だが、流石に衣服まで異性のものを着こなすのは勇気が必要なのではないだろうか。それも、堂々と。だから、あのニンゲンは王? 女王? としてニンゲンを率いているのかもしれないなと思った。


 ニンゲンはこちらの動きがないことに苛立ちを覚えたのか、通路の入り口に向かって銃弾を撃ち込んできた。かりっと、被弾した壁が削られ石くれとなって飛び散る。石をも削る物体を放っていたのかと、改めて銃の脅威を知った。


 銃を構えたニンゲン十人の後ろにも銃を持った十人がいる。


 ワトリーニ隊長は苦渋の決断を迫った。


「我々は半鳥人として勝ちたいか? ここを切り抜ける方法が一つある。死んだ仲間の身体を盾として使用することだ」


 兵たちが一瞬にして青ざめるのが暗い通路内でも見てとれた。松明を取り落とした者もいる。ことなかれ主義者は誰よりも早く頷く。知的な瞳に決意が宿る。


「死ぬことを恐れはしないけれど、無駄死にはよくないわよ。使えるものは使いましょう」


 途端、兵たちがことなかれ主義者に詰め寄り、非難轟々ひなんごうごうの嵐となる。それを制したのは、言い出したワトリーニ隊長だ。


「いや、私の誤謬ごびゅうだ。先の戦争において、半鳥人はニンゲンのように仲間を化け物に変えてまで戦争はしなかった。あのときは、数の力でニンゲンに打ち勝った。今回も同じだ。我々の勝利は明白だ。あちらの攻撃を防ぐ術がないことをいちいち気にしてはいられない。あの儀式を止めることさえできればいいのだ。ニンゲンの目的を打ち砕くのだ!」


 エラ王国旅団は元々軽装の迫撃兵の集まりだ。隊長も双斧以外ほぼ丸腰といってもいい。兵たちは立ち上がり、隊長を取り囲む。


「我々が盾になります!」


 事態は悪化していたが、それでも半鳥人らしい。


「赤鴉は好きにするがいい。我々は王国旅団としてニンゲンを討つ!」


 アレガは困惑する。ことなかれ主義者なら危険を冒すような判断はしない。だが、そこまでしなければニンゲンの銃は防げないのか。数では勝るが、被害は数の分だけ出るのではないか。


 予感は的中した。ワトリーニ隊長を筆頭に、エラ王国旅団は捨て身の突撃を決行する。ニンゲンも必死だ。わずか二十人弱で、鬨の声を上げて突っ込んでくる九十人弱の半鳥人を相手にするのだから。


「仕方ない。私たちも追従するわよ。だけど、アレガは足が早いんだから、この混乱に便乗してラスクのいる穴に入って。私が援護するから」


 半鳥人として死ぬかもしれない。銃声の数だけ、あえなく散っていく仲間たち。そう、仲間だ。アレガは会ったばかりのエラ王国旅団の死にいちいち涙こそしなかったが、絶命時に発せられた声の一つ一つに無念を感じた。ニンゲンの扱う特殊な棍棒である銃は、引き金を引くだけで発射する。筋力など使わない。半鳥人が振り上げた渾身の一撃は、振り下ろされることなく、雷鳴に散った。


 アレガはことなかれ主義者に導かれ、ニンゲンの放つ銃をかいくぐる。ワトリーニ隊長が囮となっている。周囲を囲んだ半鳥人は撃たれる度に剥がれ落ち、ワトリーニ隊長の通った道には屍が築かれる。ニンゲンに到達した兵らは、銃をまずつかんで取っ組み合いになる。近づいて近接戦に持ち込めば、銃とやらは役に立たないらしい。王国旅団は九十人から一気に六十人近くまで減っている。ニンゲンも怒涛の反撃を開始する。


 穴にいたラスクと目が合う。


 穴の淵に腰掛ける異性装の貴公子ことファルスが微笑みかけた。


「あら、あなたが一番乗りなの」


「……アレガ?」


 ラスクは薄っすら目を開いた。足は小さな枝のようになっている。斬り落とされてから生えるというのは本当らしい。生えたての足は雛鳥並みに小さい。大人の身体を支えられる大きさには成長していない。穴にはほかにアロエが無雑作に投げ込まれている。磨り潰したものもあれば、新鮮なままのものも。どうやら、ニンゲンも儀式については手探りらしい。


 ファルスはハヤブサのドレスから生足を出してくつろいでいる。裸足にラスクの足とアロエを混ぜたものを塗り込んでいるようで、黒緑になっている。


 ラスクは焦燥しきったかすれ声で大事なことですと告げる。


「このニンゲンは不死だけでなく、私のような女になりたいみたいです」


「え、やめとけよ。ラスクは気が強いぞ」


 アレガはファルスに忠告する。


 ファルスは立ち上がって、口元についた血を拭った。


「ラスクの血か」


「当然でしょう。足から頂いたわ。デザートに脳は取ってあるの。あたし、もっと幸せになりたいのよ。この女の隅から隅まで毎晩時間をかけて食べるの。器って歌にあるでしょ? 不死鳥は空っぽなのよ。誰でもその身を食せば、不死の能力だけ引き継ぐことができるの。美味しくってよ? 半鳥人の国のいずれかを征服するしかニンゲンに生きる道はないって考えるとあたし一世代ではその目標を成し遂げられないわ。そのためには寿命が必要だもの。長く生きて、それだけ幸せになるの。女になって、ここを統治してあげるわ。ニンゲンはね、欲しいものを手に入れるっていう目標がないと生きていけないのよ」


 だが、そうだとしても、他人を蹴落としてまで幸福になる必要があるのだろうか。


  ワトリーニ隊長が部下の遺骸を盾にしなかったのは英断だ。ニンゲンならば迷いなく実行に移していたかもしれない。


「半鳥人がニンゲンを嫌ってるから、仲良くできないのか」


「あら、あなたは仲良くしてくれるの? 野生児みたいな姿をして、見かけのわりに優しいのね。どうかしら、こっちも仲良しごっこはごめんだけど。あたしのハヤブサの羽根を見ると激怒するようね。成りすましているとかなんとか。あなたのマントはどうして咎められないのか不思議で仕方がないわ」


「俺のは翼だ」


「そう。あたしのはドレス。ドレスは美しさを際立たせるもの。あなたは自分を高めたいと思わないのね? 別に『美』以外でもいいのよ」


「俺は鳥になるんだ。それが高めることなのかは知らないけどな」


 ファルスは相貌を崩す。何か言いかけて咳き込む。手で口を塞ぐと、血が付着していた。顔面蒼白で具合が悪そうだ。


「あなたとは相いれないわ。鳥は鶏肉、羽毛製品でしかないの。あなた半鳥人じゃなくて、本物の鳥の方は焼いて食べたことあるのかしら? 美味しいのよ。ニンゲンはね、なんでも火を通して食べるの。半鳥人みたいに下品に虫ばかり食べてたんじゃ、ニンゲンのあなたはもたないはずなのにね」


「つべこべうるさいな。俺は虫が好きだ」


「どうしてそんな逞しく密林で生きられるのかしら。あたしはもう長くないのよ。普通に息をしているだけで、様々なものに感染する。健康とは無縁。女王になるための条件はそろっているのに。国土と寿命がないんだもの。不公平よ。密林で暮らす野蛮人の方が健康だなんて許せない」


 ラスクが声を振り絞って遮った。


「アレガ……。なんでもいいから、こいつを」


 確かにそうだ。戦況はあまりよくない。ニンゲンの方が数が少ないはずなのに。


 ことなかれ主義者は鞭で五人ほどを叩きのめした。ニンゲンの背骨が露出するぐらいの切創ができている。赤鴉としての容赦のなさが如実に表れている。

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