第九章

9-1

 神殿内部の通路はすべて下り坂になっている。紆曲うきょくした回廊もあり、迷いやすくしているのだろう。太陽の神殿というのに内部は杳としたままで、太陽神に祈りが届かないと兵たちすら不安を覚えるような道のりだった。こうなってくると王の墓でもあるのではないかと、ワトリーニ隊長が柄にもない分析をする。神官タイズが今まで後方で大人しくしていたのに敵がいないと分かると、「では、『至聖所しせいじょ』を目指さなければ」と興奮気味に前に躍り出て来た。


 曲がり角で出合い頭に見張りのニンゲンに遭遇したが、大声を出される前に兵たちはニンゲンを斬り伏し、突き殺した。兵たちの高位を表す湾曲した剣は神聖な場所で躍動している。心なしか、兵たちの闘志は上昇した。


「その、至聖所しせいじょってなんだ」


 アレガの問いにタイズは誇らしげに胸を張る。


「一番奥の一番重要な空間を総括してそう呼ぶ。太陽の神殿と謳われるのなら、太陽が見えるはずだ」


 地下なのに太陽が見えるとは、どういうことか。


 人声がする。


 松明の明かりで奥から影がちろちろと揺れている。


「あの奥だ。数は我々百に対し、三十人前後というところだな。どうやら酔っているな。半鳥人など酔ってでも倒せると?」


 ワトリーニ隊長はジャガーのような犬歯を見せていやらしく笑う。


 奥からは饗宴ともとれる賑やかな声が響き渡っていた。そしてその空間は青く眩く光っている。天井は石英で作られており、水が張られ、石英の透過性により月の光が入ってきていた。決して明るいとは言えない空間だが、これがもし朝なら太陽光も入ってきていただろう。


 ということは台形の神殿の登頂部から、この地下にかけて穴が掘られていることになる。神殿はいわば雨水を溜める人為的に作られたオアシスの役割も果たすのかもしれない。


 広間は巨木を横倒しにしても収まるぐらいに広かった。天井の石英から差し込む揺らめく光の当たる場所に部屋を二つに分けるほどの大きな穴が掘られている。ニンゲンらが、飲み食いしながら大騒ぎしているので見えにくいが、穴の中でラスクが蹲っている。縛られてもいないのに動いている気配がないところを見るに、怪我を負った可能性がある。


「足は見えるか」


 アレガが尋ねると、出しゃばりタイズが壁から少し身を乗り出す。


「いや、ここからじゃ見えないな。夜はニンゲンのお前の方が目がいいだろう」


 アレガはもう一度目を凝らす。ラスクは俯いているが、肩を震わせている。生きている。足までは覗き込めないが。


 タイズが渇いた笑い声を上げる。


「だがあの様子じゃ、手遅れじゃないか。思うに、あの大きな穴はすり鉢状だ。あの中で摘んだアロエと一緒に揉み洗いされるんじゃないか。周りにバニラの花が飾られているな。雑に並べて。ニンゲンは丁寧さが足りない」


「クソ。もう儀式がはじまってるってことだろ? なんで、足まで切る必要があるんだよ」


「足を斬らなければ不死鳥の判断がつかないからだ。本当に不死鳥なら、足は何度でも再生して生えてくる」


 ラスクは憔悴しきっているように見える。足がどうなっているのか見るには部屋の中央まで行かなければ見えないだろう。


「生えてきたとしても、痛みは感じるんだぞ」


「だから、何度もやったのかもしれない。なんにしても頭蓋を切り開かれていないだけましじゃないか? 少なくとも、脳は食われていない」


 タイズがそう言って下唇を舐めた。


 ワトリーニ隊長は、がははと笑う。


「ウロの姉が不死鳥だったとはな。今じゃウロよりも若く見えるが。あれがラスクか。随分可愛くなったもんだ」


「あんたはラスクを知ってるんだよな」


 アレガが問うと、お前よりもよく知っているとばかりに意味深な笑みを浮かべた。


「知っているといっても、面影がほとんど残っていないんでな。最初、対峙したときはウロしか眼中になかった。ラスク義姉に借りを作るのも悪くはない」


 ラスクは死んで生まれ変わった。同じ肉体だが、記憶はない。アレガはラスクにできることなら、今までのラスクでいて欲しいと思う。ワトリーニ隊長にもラスクの記憶はないと言いかけて、やめた。ワトリーニ隊長の燃え上がる熱意は、ウロに恩を売るために湧き出ているようにも思えた。ウロ亡き今になってから、振り回されているのは自分だけではないとアレガは思えて苦笑する。


 ワトリーニ隊長は、百人の兵を部屋の左右に展開させる。


 部屋で宴会をしているのは酔ったニンゲンばかりではあったが、途端に声を張り上げる。


「ハルピュイアだ! 奪い返しに来たぞ!」


 広間入り口で寝そべっていた男が、即座に立つ。ワトリーニ隊長はあっさりと男の首を斧で二度打ち叩いた。死んだことを確認する時間が惜しいのだ。事実、確実に息の根を止めた。胡坐をかいていた禿頭の男は酒で酔っているのか、立ち上がるなりふらついた。アレガは男を槍で一突きする。胸の肋骨をさけて、肺腑を突き刺した。そのまま、横に薙ぎ倒す。男は口から血を吹いて倒れる。ことなかれ主義者が、中央から駆けてきたそれぞれ長躯と矮躯の二人の男を鞭でいなす。男らが痛みに顔をしかめてひっくり返っている間に、エラ王国旅団の兵が剣で串刺しにしていく。


 ことなかれ主義者はいつも通り自分の手を汚したくないらしく、鞭を頭上で振り回して、近づく男は、ぶった叩くだけぶっ叩いて転倒したら兵に後始末を任せている。戦闘になると赤鴉的な奸猾かんかつさを見せた。


 ことなかれ主義者を中心に左右に広がったエラ王国旅団の兵だが、ワトリーニ隊長とアレガのいない左方向が苦戦している。相手はたった五人だが、金髪のニンゲンとタイズが知り合いらしく言い合いをしていて、味方の兵が不意打ちを食らって負傷した。


「話を聞けと言ってるだろう。僕はハヤブサの君と話し合いがしたい!」


「馬鹿が。そんなに兵士を連れてきて、何が話し合いだ! 女の足はもう十回も斬り落としてやったんだよ! すぐ生えてくるから面白くてな」


「神聖な儀式を娯楽ではじめたのか? やはり、ハヤブサの君は狂ってる!」


「うっせぇ! 鳥がニンゲン様のお祭り騒ぎに口出しすんじゃねぇ!」不機嫌な金髪の男が叫ぶ。タイズは、苦虫を潰したような顔で折り畳み式の大鎌を展開する。


「貴様らにエラ国の情報を渡したのは間違いだった。ニンゲンとは同じ目的があったとしても、分かり合えないな」


 金髪の男は手にした銃でタイズを撃つ。タイズは滑り込んで男との間合いを詰め、足元から大鎌を突き上げて銃を弾き飛ばす。ついでに、男のあそこも鎌で突き上げた。股間から腹に食い込む大鎌。裂け目から汚らしい茶色の混じった血が溢れる。ついでに、腸も。不機嫌な金髪の男はびくびくと痙攣しながら、零れ落ちる自分の哀れな腸を抱き寄せて、そのまま頽れた。


 後続に控えていた二人のニンゲンが飛び出してくる。途端、タイズは飛び起きて兵を呼んだ。


「僕は加勢したまで、本職の君らが戦え!」と勝手なことを言って引き下がる。


兵は一合で右の痩せた男を斬り、二合目は左の長髪で無口な男を唐竹割りにした。


「……不死鳥になりたくて、同族を狩っていたくせに――」


 無口な男は絶命する。タイズは冷ややかにニンゲンが倒れるのを見ていた。


 中央の大穴の周囲はニンゲンの宴会場となっていた。ことなかれ主義者はニンゲンの食していたアロエの混ぜた粉を蹴散らす。ニンゲンはトウモロコシの粉を挽いたものをさらに手の込んだものに仕上げていた。パンと呼ばれるそれは、当然誰もその名を知らなかったが、ことなかれ主義者が叩き落した。石造りの床に落ちたそれにも、アロエの緑色のほかに黒い鳥の足も含まれていた。




   アロエを磨り潰して悲嘆にくれないで




 アレガは子守歌を思い出す。


 アロエを磨り潰して悲嘆にくれるのは、我が子である不死鳥を奪われた母親のことなのか。不死鳥を巡る争いは、先の戦争より以前から何度も起きたのかもしれない。続く歌詞も反芻する。




   土を練っては器を造り

   おやすみなさい永遠を誓って




 器は埴輪であり身体であるとオオアギは考察していた。不死鳥が自分で怪我や欠損を治癒することができるのなら、わざわざ器を作る必要はないはずだ。


 そういえば、主犯格の異性装の貴公子の姿はどこにもない。


「ファルスはどこだ」


 器って、まさか他人の身体のことか。


 ファルスはラスクの脳を食して不死になるだけに留まらず、新しい肉体も必要としているのかもしれない。


 ワトリーニ隊長が下品な笑いを浮かべる男と、ニンゲンの女も分け隔てなく斧で殴り殺したことで、ニンゲンたちは三分の一が壊滅した。残るニンゲンの二十人ほどは、前後に隊列を組み、まるで頼りにならない最初の十人を囮のように使っていたことが分かった。


 それでも、ニンゲンの武器は脅威に変わりがなかった。

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