8-4
やはり、船番はいない。操舵室には意味の分からない文字の書かれた計器がある。エラ国には文字が存在しないのでそれが数字だとは誰も分からないが、飛行船は予想以上に複雑な乗り物だということをみなが理解した。
家ごと飛んでいるのと変わりがない。いや、それ以上に充実していた。水の出る台所には原理が分からず、聖物として危うくニンゲンのものを崇めそうになってしまう兵もいた。
「全室確認取れたか?」
斥候班長と思われる若い男が問う。
「異常なし」と声が上がる。ラスクのいた痕跡もない。ラスクなら抵抗して、羽根の一つでも抜け落ちるだろう。
頼む。まだ生きていてくれよ――。
不死になりたいニンゲンが大勢いるとしたら己が欲望の為に、ラスクたった一人を奪い合うなんてことも起こりえる。
ラスクに来るのが遅いですよと怒られそうだ。怒られるだけならまだいい。その声が聞きたいとアレガは船内のものを蹴散らしながら、飛行船の空気袋を破る作業に取り掛かる。外から槍で突く案もあったが、それだと目立つ。案の上、内部から調べて良かったことがあった。飛行船の空気袋は一つのように見えて、内部では小分けにされていた。大きな空気袋が左右に三つずつ分かれて、六つで一つを構成していた。骨組みもある。中から見ると魚の骨みたいで、魚に食われたのかと錯覚した。
ワトリーニ隊長からは火が爆発を招くと言っていた。中は自分たちが毎日吸っている空気と違うガスと呼ばれるものが入っているらしい。穴を空けたらさっさととんずらだ。
飛行船の空気が抜ける音を聞きながら外に飛び出た。ほかの飛行船も同時に萎み始める。斥候班は任務を成し遂げたのだ。
ようやく前衛の兵たちもニンゲンの拠点に入って来る。ことなかれ主義者もやってきた。
「一緒にいなくても大丈夫だった?」
「ほかに九人もいたんだ。俺がどんな失敗すると思ってんだよ。それよりニンゲンがどこにもいないんだ。もう太陽神殿に入ったんだと思う」
「なるほど、ラスクの安否が心配ね」
ニンゲンの焚火は王国旅団により消されていた。ガスの引火を防ぐのだとか。ワトリーニ隊長にほかは何も触るなと命令された。ニンゲンの武器らしきものもあったが、扱いが分からない以上下手に触って怪我でもしたら危ない。ニンゲンが一か所に集まっているのなら、奇襲をかけて一人ずつ始末するのがいいと結論づけられた。
神殿は上に登る石段よりも、内部の階下へ続く階段を王国旅団は注視して固めた。裏口がないか確かめろと命令されて、アレガは台形の神殿を一周する羽目になったが、安全のために背に腹は変えられない。見て回ったところ、入口は正面の一か所だけだ。
「ニンゲンに好き勝手させるものか。奴らを旧レイフィ国に追い返すのだ!」
ワトリーニ隊長は突入を命じる。別に不死鳥には興味がないらしい。純粋にニンゲンが嫌いなだけのようだ。余計な思惑がない純粋な隊長のようだ。ゆえに、ウロにも傲慢な態度を取って暴力を振るい、逃げられたのだろう。
ことなかれ主義者が神殿に向かって深いため息をつく。神殿は赤い月に照らされて美しい。
「これは、リチチア国の王族の墓によく似た構造よ」
「王様の墓ってことは、捧げものの財宝もあるな」
アレガはそう口に出してみると、赤鴉としての血が自分にも通っているなと武者震いした。
兵と共に石造りの洞窟に入り込む。入口は狭く一人通れるほどの幅と、天井も腰を屈める必要があるぐらい低い。神殿とは言うがほとんど洞窟だった。夜は光が一切遮断されている。これのどこが太陽神殿なのか。
兵たちが松明を灯すことをワトリーニ隊長が仕方なく認める。半鳥人は夜になると視力が著しく低下する者が多い。昼はアレガの四倍先まで見通せるのにだ。
下り終えるとだだっぴろい空気の澄んだ広間に出た。急に天井が高くなる。地下だというのに快適な温度で、暑すぎず寒すぎない。リチチア国に入ってから体感的に一番心地いい場所かもしれない。
半鳥人を模した巨大な埴輪が四つ、東西南北に祀られている。原生林の巨木並みに高さのある埴輪を、どうやってあの狭い通路を通してここに運び込んだのか謎だ。アレガの疑問に答えるように、ことなかれ主義者が持ち前の博識を披露する。
「あの埴輪に継ぎ目があるのが見える? 材料の粘土を内部に運んで屋内で焼き、接着して完成させてるの。黒斑が見られないから野焼きではなくて、窯焼きね。窯があったということは、内部に通気口のような穴もあるはず」
そう言って勝手に広間を走り、壁に小さな穴がある箇所を見つける。その足元には窯の痕があった証となる炭が残っている。
「埴輪などどうでもいいだろう」
ワトリーニが少々声を荒立てる。これには、ずっと大人しかった神官タイズが猛反発する。
「お言葉ですが隊長。あの入口方向、つまり南に位置する埴輪は
「ふん、青二才が。貴様はただ捕まって拷問されて泣いていただけだろう。貴様の方こそ、私が救い出してやったことを忘れたわけではあるまい。ニンゲンの暴挙は我々の神を否定することも含め、土地を奪おうとしたことにある。太陽神が我が部隊を救った試しはない。貴様が拷問されているのを救ったのも、神ではなくこの私だ」
タイズも負けてはいない。
「神が救わないのではない。神は高慢を嫌う。己が正しいと正義を振りかざす王国旅団を嫌ったのだ。神は縋る者の言葉を聞き入れて下さる。神によって僕を救うためにあなたを遣わした」
とうとうワトリーニ隊長は馬鹿馬鹿しいと声を荒げる。どれもこれも同じような埴輪で、どの神も地上には降りて来ないと吼える。
ワトリーニ隊長には全部同じに見えるらしいが、これらの埴輪はまったく異なるとタイズが必死に訴えている。無学のアレガでも神の見分けぐらいつく。
「貴様ら神官が広めた神々の教えが、今こうして我々を苦しめていると気づかんのか。そもそも、先祖の謎を解き明かしたのが過ちだろう。半鳥人はいずれ空を飛べなくなる。飛ばずとも食にありつけるよう『歩行』を覚えたからな。ニンゲンにも弱みとして知られているだろうな。だから、ニンゲンが今攻めて来たと思わんか? 我々はいずれニンゲンのように地を歩き回るようになる。そうなったとき、大部分の土地を占領しているのは我々だ。今の内に排除したいとニンゲンは考えるだろう。さらに、こう思うだろうな。半鳥人がニンゲンと同じになるのなら、ニンゲンが半鳥人の祖先である不死鳥になることもできるのではないかと」
タイズは押し黙る。ニンゲンと半鳥人が身体的に近い生き物であるのなら、幼い頃のアレガなら大手を振って喜んだだろう。だが、今はあまり嬉しくはない。
「貴様のような下手に生き残った若造が不死鳥を探して同族を狩ったのは、己の弱さを露呈したくなかったからではないか? 許したわけではないぞ」
アレガもタイズの同族狩りを許してはいない。その点は同意見だ。
「それでも、神を冒涜する貴様はニンゲンと同じだ。ニンゲンは我らの神を石ころと同じだと思っている。例え、今すぐに救いがなくとも、神は神だ」
タイズは目に涙まで溜めた。だが、決して瞼から零れ落ちない。
神が半鳥人を救うのかは答えが出ない問題だろう。なら、悩まず俺たちがラスクを救うべきだ。行動を起こすのは神の意思によるものではなく、自分の意思で決定するからだ。
アレガは自分のやりたいことがはっきりと分かってきた。湧いてくる気力に、鋭くなった聴覚が反応する。小石が転がる音を捉えた。ニンゲンの履く靴は歩く度にキツツキが気に穴を空けるような硬い音を鳴らす。
「ニンゲンがいる。数は三人」
アレガがそう分析すると、ワトリーニ隊長は双斧を手に鼻をひくつかせる。アレガにはちっとも嗅ぎ取れないが、兵たちは敏感に「近いぞ!」と警戒を始める。
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