7-4

 ニンゲンが王都を攻めて来るなど思いもしなかった。あの三つの飛行気球の内のどれかに、囚われたラスクも乗っているのかもしれない。不死鳥の儀式を行うのではなかったのか。それほどまでに、ニンゲンは半鳥人を敵とみなし、殲滅しなければいけない使命を帯びているとでもいうのか。


 ポケットの中から木彫りの飛行気球を取り出す。丸っこい木は手触りがよく、母が握らせてくれたときの温もりすら思い起こせたが、これはニンゲンが空から攻撃するための乗り物だと思い知ると、手にするのも恐ろしくなる。


 太陽神ンティラに「どうか怒りをお沈め下さい」といち早く祈りを捧げたのは神官ではなく兵の方で、ターコイズサザナミインコの神官は、一同をせせら笑う。


「国王、今まで僕の進言に耳をかさないからこうなるんですよ」


 王様は顔面蒼白で、ニンゲンが攻撃してくるとはと、打ち震えてどうにも頼りにならない。


 ターコイズサザナミインコの神官が取り仕切っているように見えて、アレガは気に入らない。そもそも、ラスクを襲ったことを王都で罪に問われていないから、こうして王に助言するような立場にいるのだろう。


「お前、ラスクを襲ったこと許してないからな」


 アレガが釘を刺すと、ターコイズサザナミインコの神官はニンゲンを運び出せと兵に命じた。神官の方が兵より身分が高いらしい。


 岩が砕けたような音がして、雷でも落ちたように塔の床が崩れた。突然崖になってしまった床に兵たちが砂塵とともに消えていく。一部の兵が道連れにつかもうとしてきたので、アレガは身体を捩って逃れ、槍を安全な崩れていない部分に突き刺した。そこに足をかけ、這い上がる。


「全軍退避! 国王様をお連れしろ!」


 ワトリーニ隊長が賢明な判断を下す一方、ターコイズサザナミインコの神官は、王様を罵った。


「ニンゲンと協力関係を築こうと言った僕の助言に国王、あなたは首を横に振るばかりだった。ニンゲンの脅威を民の記憶から消そうとするばかりで、国が豊になりましたか? 僕は国の豊かさには金が必要だと思っていますよ。それだけじゃない、国王、あなたが僕の不死鳥狩りをお認めにならないからこうなったんですよ。不死が魅力的だということは老いたあなたなら分かって下さると思っていたのに! 老いぼれじじいめ!」


 王様は苦し気に顔を歪める。すべてを認めたくないと顔に出ていた。


「同族狩りは許されん。不死鳥を手に入れるためであってもな。そのことは戦時にみな学んだであろう。お前は戦時下を経験したではないか。ニンゲンの捕虜となり手酷い拷問に遭わされたと聞いておる。タイズよ。一旦、避難してこのような状況になった経緯をもう一度詳しく聞かせてもらおう」


 ターコイズサザナミインコの神官ことタイズは、癇癪筋を青白い額に浮かび上がらせる。


「本当は国王様も不死を求めてらっしゃる。欲望に嘘はつきものとはいえ。自分の心に蓋をするなど見損ないました。僕は不死鳥になりたい。そのためにはなんだってしますよ。ほら、また爆発した。ニンゲンの兵器とやらは恐ろしい。故に、彼らと争うにしろ争わないにしろ、誰かが不死鳥にならなければ戦争の勝ち目はない。僕が話をつければ攻撃もやめるでしょう」


 何を言っているんだとその場の全員が凍りついた。アレガもニンゲンとのいさかいを知ったばかりだが、不死鳥とは誰かが意図してなれる存在なのかと呆気に取られた。


 王都を叩き潰して平地に変えていく物体は、雷を打ち鳴らす棒よりも脅威で茅葺屋根は火に舐められ、あっという間に崩れ落ちた。残ったのは石垣だけだ。


 民は湯畑や共同で使う風呂に逃げ込み、あっという間にごった返して折り重なっている。


 みなが得意とする木登りはできない。落下した爆弾が木に引火する。


「あれは、焼夷弾」


 ワトリーニ隊長が自分の言葉を間違いだとしたい一心で飲み込むように言葉尻を濁す。すぐに塔からの脱出を急かした。


「国王早くこちらへ! 全兵士に告ぐ。迅速に避難し国王の御身をお守りするのだ! タイズ、貴様は反逆罪に値するぞ!」


 ワトリーニ隊長の声は轟音と、煙でかき消された。この大塔に焼夷弾と呼ばれる炎の柱が突き刺さった。大きな揺れとともに、石造りの壁に炎が走る。


 アレガたちが大塔から降りたときには、地上を右往左往する人々が道を埋め尽くしていた。途中、国王がやられた! と一声上がった。兵のものだったか町人のものかは分からないが、その声を境に波紋のように悲劇的な呻き声が広がる。


 王様を介抱しているワトリーニ隊長には悪いが、共に逃げる必要もない。それどころか、道を選ぶこともできない。右往左往する住民をかわし、アレガはオオアギとことなかれ主義者とともにこの混乱をどう切り抜けるか声を張り上げて問うた。


「まだまだ降ってくるぞ! どう逃げる?」


「落ちてくる破片をよく見て、こっちに飛んでくるのを予測してよけるんだ!」


 オオアギは言うなり、頭上で砕け散った石造りの住居の壁の破片を仰け反ってかわす。


 確かに、注意して見ることである程度はよけきれそうだ。赤鴉の反射神経ならば。


 塔から去った神官タイズが、まだ焼け落ちていない民家に駆け上がているのが地上から見えた。滞空して見える飛行気球に向かって、大腕を振っている。


「おい、ファルス! 僕がいる間は王都を襲わない約束だろ! 不死鳥のことを教えたのはこの僕だぞ! なんだって、今更戦争なんかしようっていうんだ。手を引け! 不死鳥は手に入っただろ!」


 そんな声は吹き飛んできた家屋の木材の砕け散る音でかき消される。


「おい!」


 アレガは神官タイズを捕まえるべく駿足を活かし、大股に数歩で屋根を駆け上がる。タイズを後方から羽交い絞めにして転げ落ち、そのまま石造りの道の壁にもたれた。爆弾はアレガとタイズの目と鼻の先に着弾した。


 炸裂する光と熱に、アレガはタイズを離して腕で顔を覆う。遅れたタイズは爆音に耳をやられたのか、アレガに寄りかかる。それから自分がどうしてニンゲンと道端にいるのか理解していないようで、呆けた顔をして王都を蹂躙じゅうりんしている三隻の飛行気球を見上げた。


「ああ、なんてことだ。――これじゃ、ほんとうに戦争じゃないか。いや、これでいい。僕が味わった戦火よ! 再び町を焼き尽くせ! ニンゲンを忘れた愚鈍な同族などいらない。これからは、僕が取り仕切ってやる。国王になるのは神官だ。そのために祭司にまで上り詰めた。妹はもういない……僕の失ったものは時間だ。僕は誰よりも満たされる必要がある!」


 放心状態とも恍惚状態ともとれるタイズの頬をアレガは思い切り張った。


「ふざけんなよ。焼け死んでいい民なんかいない! これが戦争って言われるものなら、今は逃げることだけ考えろ。お前があの飛行気球に乗ってるニンゲンと繋がってるのは、後で俺が拷問してやるから全部吐けよ」


 顔全体に皺を寄せてタイズは訴える。


「お、お前だってニンゲンじゃないか」


「知るかよ。関係ない。俺はゴホンの密林で育った半鳥人だ」


 オオアギが駆けてくる。


「アレガ! そんな奴を拾ってどうする。ニンゲンの仲間なのか? そうじゃなくても同族狩りをしてた奴だろ? しかも、さっきの様子じゃ王様もそれを認めてたんだ。荷物になるからほっとけ。自分で招いた悲劇なんだったら、焼け死んでも仕方がない」


「オオアギ、こいつに用があるんだ。とりあえず聞く。おい、不死鳥に詳しいんだろ?」


 アレガの問いにタイズは淀んだ目を垂らす。これが一度は自分とラスクを襲った男だと思うと情けなくなる。


「答えろよ」


「うるさい! 戦争を知れ。馬鹿な世代は滅びろ。僕は五歳から拷問部屋にいたんだ。ニンゲンの醜さを知った上でニンゲンと手を組んだんだ。生きるために、なんでもやってきた。そして理解した。エラ国で誰の支配下にも置かれないためには、敵を味方につけるしかない。不死になれば僕は無敵だ。死ななければ何でも手に入るだろう。エラ国の王の座だって手に入る!」


 アレガはタイズの顔面を殴りつける。


「あば!」


 鼻血を出すタイズだが、醜く唇を歪めて舌さえ出して嘲笑う。


「自由に生きることを否定するのか? 不死は真の自由を意味する」


「うっせえ。つべこべ言うな。ニンゲンは火の雨を降らせてる。あんな奴と手を組んでいいわけがない! 目を覚ませよ。不死がどう素晴らしいかは分かった。でもな、同族狩りをしてまで、他人を蹴落としてまで手に入れないといけないものなんかは無価値だ!」


 アレガはもう一度タイズの鼻骨を折るつもりで殴る。今度は反対側の鼻からも血が噴き出し、タイズはへろへろと座り込む。アレガは火の気配を感じ、タイズを担ぎ上げる。


「な、何をする」


 もがくタイズだが、熱風に驚いて身を縮めた。


「自分で飛ぶか?」


「そ、そ、そうだな」


 タイズはアレガの背中でがくがく震えている。昔の恐怖の記憶を思い起こしているのかもしれない。これでは本当に荷物になりそうだ。


 オオアギが先を行く。


「ことなかれ主義者は嗜虐医を見に行った。金蔵からまだ戻ってないんだ。たぶん、嗜虐医のことだから欲張って金蔵から出て来れなくなってるんじゃないかな。ほんと、がめついんだから」


「まずいな」


「なんだアレガ、心配してやってるのか」


 オオアギが楽しそうに笑うので、タイズはうろたえている。


「こ、こんな状況で笑っているなんてどうかしている。盗賊に、ニンゲンなど。どうして僕はこいつらと一緒に……」


 アレガは爆音に耳が聾するのを顔をしかめて耐える。至近距離で爆弾と呼ばれるものが落下した。アレガは爆風に煽られて態勢を崩す。そのとき背中に衝撃を感じた。タイズが一声呻く。石垣の破片が直撃していた。アレガは取り落としたタイズを抱える。意識を失ったタイズの額から堰を切ったように血が流れ出している。鼻に手を当て、息があることを確認する。生きているが意識は戻らない。


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