7-2

 謁見とは言ったものの、赤鴉は兵をすべて殴り倒して太陽の大塔にたどり着いた。その間に何度ニンゲンだ! とか、カラスだ病気がうつる! と町人に叫ばれたか。石を投げられたが、赤鴉は痛みをものともせず無視した。


 礼拝は一部のエラ王国旅団の兵が取り仕切るのみだった。


 赤鴉を襲撃したあのニワトリの隊長こと、ワトリーニが塔を出入りしている。塔は三階建ての円形状だ。アレガには四角い石を積み上げて、どうして丸い建造物が完成するのか理解できない。円形の建物は奇異で高度な建築技術の集大成だった。


 入口は東西南北に四つあり、侵入は容易い。それでも二階に上がると、花を供えるため前準備をする少年、青年らと鉢合わせた。ことなかれ主義者が小声で、彼らは神官見習いですと告げる。


「私の顔を知る者もいますね」


 そう言うが早いか、ことなかれ主義者は二十代のツバメの半鳥人の鳩尾に肘鉄を叩き込み気絶させた。知り合いだそうだ。たちまち騒ぎになるかと思いきや、悲鳴を上げた神官見習いたちを嗜虐医が嗜める。


「いちいち泣くんじゃないよ。王様に会いに来ただけだ。仕事は続けていいよ。ただし、あたしらが来たことを兵士たちに他言したら承知しないよ」


 神官見習いたちは不安と恐怖に顔をしかめながらも承諾した。その後、五人ほど現れた兵士を赤鴉が伸したので、神官見習いたちは悲鳴を上げて階下へ逃げて行った。


「まぁ、いても邪魔になるので。結果的には良かったわ」


 ことなかれ主義者があっけらかんと言い放つ。


 三階ではワトリーニ隊長率いる王国旅団の兵が複数名、椅子に座している。長椅子に隙間なく座っている。兵とはいえ、王の警護より祈りの時間を優先させなければならないようだ。


 長椅子の向こうに、巨大な埴輪があった。あれが太陽神だ。


 オオアギが筆頭となり、恐るべき跳躍で天井の梁に赤鴉は飛び移る。アレガはそんな芸当ができるわけがないので、オオアギから受け取ったチシー爺さんを肩に乗せて、入り口付近で人気ひとけをさけている。何かあればすぐに飛び出せるよう、折り畳み式二股槍は展開しておく。


 王様と呼ばれる半鳥人は、今にも萎んでしまいそうなアンスリウムの葉を思わせた。赤ら顔と、三角の顔の形が赤い葉にそっくりだ。頬に土気色が混じり、まさに枯れかけている状態だろう。半鳥人は不死鳥の子孫であるが、寿命は五十歳まで生きれば万々歳といったところだ。王様は優に百歳を超えているように見えた。曲がった腰や、震える灰褐色の足はコンドルの半鳥人とはいえ、みすぼらしい。発声も悪く、祈りの文言は聖物である二メトラムもある埴輪を前に、消え入るようだ。


 追従するように兵士が二百年ほど前に使われていたとされる古語で祈りを捧げる。古語は大して今の語から逸脱しているわけでもなく、内容の把握はだいたいできる。どうやら王様は老衰が激しく、老い先短いようだ。


「我らに不死を」


 王様の長い祈りが終わると、今度はワトリーニ隊長が巨大な埴輪に二言三言願いを述べる。


「前妻に死を。あの、憎きカラスの血を絶やせ。不浄な生き物が生きる地などない」


 アレガは驚いた。ウロの旦那とはワトリーニ隊長だったのか。まさかとは思っていたが。そして、感心する。ウロのことを憎んでいるのは自分だけではなかった。この暗い情念は賞賛に値する。ウロと対峙する資格があるとも言える。だが、元旦那の男がウロの死を知らないことが滑稽に思えて、アレガは苦笑する。ウロを倒すことが叶わなかったのは自分だけではないということだ。


 王様の席は正面の巨大埴輪から見て右手だ。左右に屹立する兵が一名ずつ配置されている。手には湾曲した剣が握り締められていた。屋内でも抜刀していることから、儀式的な意味合いが強そうだ。


 赤鴉は容赦なく王様の頭上から襲い掛かった。右の兵の剣はオオアギが棍棒で弾き飛ばした。嗜虐医は今までなら斧を使っていたところだが、ウロの太刀を握ってからは使いこなせてるとは言えない乱暴な身振りで兵のへ叩きつけた。力技で剣もろとも兵を吹き飛ばす。ことなかれ主義者も三メトラムある鞭で兵たちを牽制する。


 王様は何が起こったのか理解が追いつかない。ワトリーニ隊長の反応は早い。


「赤鴉? なぜエラ国におるのだ。ということはカラスの頭も来ているのだな!」


 嗜虐医が過剰に反応した。


「ああ? お頭様は、亡くなったんだよ!」


 ワトリーニ隊長の双斧と嗜虐医の太刀が一合と打ち合った。


「待て待てカーシー! 力むな!」


 オオアギが止めに入ったのは、嗜虐医が怒髪天を突かれて今にもワトリーニ隊長を斬り伏せてしまいそうだったからだ。それほどに、嗜虐医の腕力は怒りに比例して力を発揮する。


 ワトリーニ隊長が仰け反るほどの力だったが、鍛錬のなす技か斧を滑らせて嗜虐医の力は受け流された。前のめりに態勢を崩す嗜虐医の鳩尾に、容赦なく膝蹴りが繰り出された。上腹部の腹直筋でも痛みを防ぎ切れないような重く鈍い打撃音がした。痛そうな音だった。


 嗜虐医は一撃で頽れ、口角からほとばしった唾液に胃酸のような黄色が混じっている。


 王様は何が起きたのか分からず、慌てて塔内の階下へ続く階段へ向かう。アレガは槍を投げてそれを阻止する。王様の足指からわずか数セントリの位置の床石に槍は突き刺さった。石は衝撃で割れた。


「王よ、脅しに屈せず逃げて下さい。このような愚か者は速やかに排除致しますので」


 ワトリーニ隊長は、冷静に王様を気づかう余裕を見せる。


 王様が兵に囲われて、階下へ降りようとするがアレガは階段の前に長椅子をぶん投げた。幾人かの兵にぶち当たったが、階段を塞ぐことができた。


「ニ、ニンゲンだ! 本物か?」


 当然の反応にアレガは胸を張る。


「だったら、どうするんだよ」


 ことなかれ主義者も、長椅子を運んできて階段を塞ぐ。


 足止めしている間に、嗜虐医に代わってオオアギがワトリーニ隊長の前に躍り出た。


「ちょっと話し合いがしたいんだ。あっしら、こういう登場しかできなくて悪りぃな」


「話し合いなど無用。先に刃を向けたのは貴様らであろう」


 嗜虐医は巨躯をかがめながら、毒づく。


「あたし抜きで話すのやめてくれないかい? このニワトリはウロ様を一度狙った敵なんだよ。王ならあっちだ。あたしはこいつをぶちのめす」


 嗜虐医のこだわりっぷりに、アレガは自分を見ているような気がしないでもない。アレガは母のためにウロを殺したかった。嗜虐医はウロのために、ワトリーニ隊長を殺したいのだ。


 ワトリーニ隊長は鼻で笑う。使い込まれた双斧の刃は細かい傷で鈍色に光っている。


「本隊はどこだ。カラスは最後の一人になったわけか?」


 嗜虐医が太刀を真一文字に振るう。見え見えの太刀筋に、ワトリーニ隊長は軽く後方へ飛んでかわす。


 嗜虐医が奇声を上げて、太刀ごと突っ込む。肉体をそのままぶつけるつもりだろう。嗜虐医の体当たりは、年間百人の半鳥人を殺すカバに匹敵する殺傷能力があるだろう。オオアギが身を挺して嗜虐医を抱き留める。が、打ちどころが悪かったオオアギは、嗜虐医の腕にゲロを吐いたが、それでも嗜虐医の突進は止まらない。太刀はオオアギとぶつかった拍子に足元に放り出されている。慌ててそれをことなかれ主義者は拾いに走る。


 抱き合った女二人が突進してきたことに、虚を突かれたワトリーニ隊長はあっさり間合いを詰められ、逃げようとしたときには嗜虐医に足を踏まれていた。カバほどの体重はないにしても、ワトリーニ隊長の態勢が崩れる。先にオオアギが投げ出された。嗜虐医はワトリーニ隊長を押し倒す。三階建ての塔が少し揺れた。


 兵らはいよいよ逃げ腰になったが、アレガは長椅子を振り回して一人も階段を通らせなかった。


「貴様ら! 私が屈すると思うか!」ワトリーニ隊長の眉間の皺が深く刻まれる。


「屈しなくてもいいから死にな!」


 両腕を振り上げ、吼えた嗜虐医の暴走を止めたのは、いててと起き上がったオオアギだ。嗜虐医の腕が振り下ろされる。オオアギはワトリーニ隊長の顔の前に棍棒を差し込んだ。


 嗜虐医は棍棒の蛍石部分に両手の側面をぶつけて怯んだ。ワトリーニ隊長も鼻梁を打ちつけ鼻血を吹く。


「みんな黙ってあっしの言うことを聞け。ニンゲンがカラスの仲間を攫ったんだ。密林で恐れられてるあっしらを歯牙にもかけなかったんだぞ」


「そ、そんなもの私の知ったことか。第一、ニンゲンなど、もう壊滅して残っておらん。あそこの馬鹿げた鳥の真似をしている者がほかにいなければな」


 アレガはワトリーニ隊長も大人げがないなと思うほどに、心に余裕が出てきた。


「ニンゲンは空を飛んで来たんだよ。カーシー、暴れるな。お頭様の仇はニンゲンだ。この男じゃない」


「誰でもいいから叩きのめさないと気が済まないよ」


 怒りの矛先が見つからない嗜虐医を、ことなかれ主義者がつかみ起こす。オオアギはそれに感謝する。ことなかれ主義者はオオアギに言われずとも、まだ暴れようとする嗜虐医をしっかりと後ろ手に組ませて拘束した。


 ワトリーニ隊長はオオアギに組み伏せられる形になったが、鼻でせせら笑う醜悪さを見せる。


「暴力しか知らない野蛮な原生林の盗賊団が、まともな話などできるものか」


「じゃあ、座って話すか? アレガ、椅子―!」


「はいはい」


 アレガは渋々階段から離れる。王様だけ逃がさなければそれでいい。長椅子を蹴って、床を滑らせる。ワトリーニ隊長は当然、座ろうとはしないが。


「本題だ。ニンゲンが不死鳥を手に入れた可能性があるんだ」


「我々になんの関係がある」


「ないかもしれない。そんなのは神官が知ってるだろう。今、神官見習いしかいなかった」


「神官など、私の管轄外だ」


「そうか。それで、神官は密林に自由に出入りできるのか」


 オオアギは思慮深げに眉根を寄せる。アレガは補足する。


「神官は同族狩りをしていた。あれも処罰する対象じゃないのか」


 問いにワトリーニ隊長は冷ややかだった。


「太陽神がお前など熱で溶かしてくれよう。肌は汗をかくか? ニンゲンは太陽に祝福されていないからな」


 らちが明かない。


「クソ。ニワトリ野郎」アレガは悪態をつく。


 そのとき、アレガの肩からずっと大人しかったチシー爺さんが一声発する。


「ニワトリ野郎があたしを一方的に好いてたんだよ。それが結婚した途端、豹変しちまってね? 今度会ったら言ってやりたいよ。お前さんの暴力で嫌な思いをしたから王都を出たんじゃない。お前さんの外面のいい、偽りの雄々しさっていうのかい? 英雄だかなんだか知らないけど、結婚しちまったらあんたはただの性欲の激しい一人の男になったんだよ。位人臣くらいじんしんを極めたぐらいで威張るんだから、あたしの方から出て行ってやったんだ!」


「そ、その声はウロ!」


 ワトリーニ隊長は一羽のヨウムに泡を食った。

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