2-4

 シルバルテ村以外に、アレガという生き物が住める場所などなかった。


 分解した柱を叢林そうりんへ投げ捨てるアレガを見て、衛生班の女カラス嗜虐医カーシーがもっと早くやれだの、女みたいな尻だななど好き勝手言っている。その実、注目しているのはアレガの翼の生えていないやせ細めの背中なのだ。その視線を浴びて、アレガは歯を噛みしめた。


 身長百九十セントリもある大女。髪は黒灰色で、翼は勝色かついろ。赤い瞳が色を帯びている。早くも酔っているのか、嫌らしい目で見られている。あいつとだけは絶対に寝たくない。


「おかえりなさい」


 ラスクが通りがけにそっけなく言った。


「先に帰ったくせに、白々しいな」


「お母様が呼んでます」


「まだ、お咎めがあるのか。力仕事とどっちを優先させるべきなんだ?」


「それは、絶対にお母様です」


「へいへい」


 ラスクは戦闘班で、この赤鴉を率いている。ラスクがウロの右腕なら、オオアギが左腕になる。


「私も一緒に行きます」


「いいのか、そっちの仕事は」


「私は基本的には忙しくありませんので。ただ、三つ子のスズメがよく嫉妬するので、『料理長』と『美食家』の手伝いを」


「あの二人といたら、飯が食べ放題だもんな」


「あ、あの、その。味見するだけです。今朝のカメムシ。美味しくなかったですか?」


「ああ、そうか。今日もカメムシだったな」


 アレガは赤鴉で出されるカメムシに感動することはないはずなのだが、ラスクとカメムシの話をしていると何だか心が安らぐ気がした。


 ウロは天幕の解体作業の邪魔にならないように、木陰になっている岩場で胡坐あぐらを掻いて手巻きたばこを吸っている。


 オオアギはゾウの耳のような形をしたクワズイモの葉でウロを扇いでいる。そういう世話は衛生班にやらせればいいはずだ。衛星半の嗜虐医カーシーは生理痛を理由にやらないのかもしれない。まあ、オオアギがやりたいからやらせておけばいいのかもしれない。


 ことなかれ主義者(ハシビロコウ)」のシビコが、ウロの話し相手になっている。ウロは赤鴉の一日の移動距離や、天候の変化について助言を受けているのだ。


 シビコは赤鴉最年長の五十歳。収集班所属だが、太っており仕事をサボることが多いが、ウロが口出ししないのは年長者への気遣いか、はたまたシビコが博識だからか。ウロはことなかれ主義者にだけは命令をしない。豊富な知識を買っているのだろう。


 オオアギは器用にことなかれ主義者には風を送らず、ウロにだけ届くように扇いでいる。


「お頭様ぁ。加減はいかがっすか? アレガにはあっしがちゃんと言っときますんで。神官も知らないなんて、どれだけあいつの村は閉鎖的だったのか」


 ウロが手を上げ、それ以上オオアギが話すのを遮る。アレガは鼻で笑う。大好きなウロ様にそんな態度を取られたのでは、オオアギの扇ぐ手も止まる。オオアギはやり場のなくなったワズイモの葉を投げ捨てる。ウロは白い煙を吐き出す。


「アレガ。敵はお前さんとラスクのどっちを狙っていたんだい?」


「え、どういうことだよ。俺が襲ったからやり返されたか、あいつらの疾しいところを俺が発見したから二人とも襲われたのかと思った」


「お母様。神官は同族狩りをしていました。私も襲われましたけど、アレガの失策ではありません。どうか、ぶたないであげて下さい」


「珍しくかばってくれるんだな」


 ラスクに肘で小突かれた。心を許すとすぐこれだと、アレガは気を引き締める。ラスクにしては珍しく思案気に訥々と語る。


「おそらく、アレガの、その……姿を見て。私を襲う方が得になると判断したのでしょう」


「遠慮なく足って言えよ。俺の足が、お前ら鳥には気持ち悪いんだろ」


 ウロは目を細めて忠告する。


「そいつは、おかしいね。お前さんの容姿を見て竦んじまったら、逃げ出すはずだよ。一度姿をくらましたにもかかわらず、あたしの娘に手を出しているのが気に食わないねえ」


 ことなかれ主義者がウロに「出立は決まりね」と茶色の瞳を光らせる。ハシビロコウの灰色の翼をはためかせ、食材の虫や管のもの入ったかごを取りに行った。


「それで、ここを畳んで逃げるのかよ。あいつら、俺のことニンゲンって言ってた。なあ、教えてくれよ。知ってるんだろ。俺がなんなのか」


 アレガは熱を込めて伝えた。単純に好奇心からだ。だが、それが逆鱗に触れるとは思わなかった。ウロは手巻きたばこの灰をばらまく。慌ててオオアギが、火事にならないように足で踏みつける。


「甘えるんじゃないよ! そのことは、自分で考えな。自分がなんなのか知りたい? お前がなりたいのはあたしらみたいな鳥じゃないのかい? 教えてやったはずだよ。エラ国の都市部でお前の姿を見せたら処刑されるって」


「……ニンゲンだから?」


 この渺茫びょうぼうたる密林を内包する国がエラ国だ。シルバルテ村はエラ国の法が及ばないほどの僻地だったらしい。


 アレガは自分が本当に珍しい生き物であると自覚している。自分と同じ生き物はこの世でまだ見たことがない。自分以外にいないのではないかと思っている。それでも、処刑されるなんて話は何度聞いても実感が湧かない。


「ま、呼称ぐらい分かって良かったじゃないか。いいかい、こっちが質問してるんだよ。狙われたのはあんたじゃなくて、ラスクの方だね?」


 アレガはしぶしぶ頷く。過保護なウロ様に判断を委ねるしかない。ぶたれるのは慣れているし、急な転居も娘のラスクを守るための行動なのだろう。


「分かった。もうお行き。あんたもだよ、オオアギ!」


「あっしもですか。お頭様、任せて下さい。アレガよりも多く材木を運びやすんで。あ、もう片づけるものがないんで? え、アレガ、お頭様の敷物はちゃんと荷造りしてんだろうな? まだだと?」


 叱咤したオオアギが自分を無視して駆けていくのをアレガは見送る。ラスクは颯爽と移動するので、アレガはラスクに今日のことを謝る機会がなかった。


 赤鴉は日の高いうちに縄張り内を移動しはじめた。

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