甑のまじない

葛西 秋

はじめに

 米はおいしい。

 炊き立てのご飯にイカの塩辛や辛子明太子を添えて、生卵をかけて、あるいはお茶漬けにして。炒飯、オムライス、カレーライスなども米を美味しく食べるための料理であると云っても良いだろう。


 米をどうすればより美味しく食べることができるのか。

 そのためのレシピはコンスタントに人気のあるトピックだ。

 

 湯気を立てるほかほかのご飯。

 そもそも米を食べるためには、ある程度の長さが要求される加熱が必要だ。現代の我々は電気炊飯器という家電製品を何の疑問もなく使っている。日用品である。

 日用品であるが電気炊飯器を作る企業努力にはすさまじいものがあり、国内大手家電メーカーが総力を挙げ、遠赤外線だとか強火火力、果てはお米をより激しく舞い上げる「炎舞炊き」(象印)といった謳い文句で消費者に訴えかける。


 遠赤外線や強火を当てたりお米が激しく舞い上がったりするのは、電気炊飯器の根幹構造である釜である。たいてい黒く塗られて底がやや丸い金属の容器である。この釜の中で米は炊き上げられるわけだが、実のところ米を炊く、という調理方法には考古学的に紆余曲折があったらしい。


 炊く、というのは、熱した水の中で食材の加熱を行う調理方法を指す。この調理のために必要なのは水と食材を入れる器である。釜は特に米を炊くために特化した器であると言えるだろう。


 一方、米と我々の長い歴史の中で、「炊く」という調理方法以外に「蒸す」という方法が用いられた時代があった。


 蒸す、というのは、水蒸気の温度で食材の加熱を行う調理法である。熱せられた水から水蒸気は上方へと立ち昇る。したがって調理容器は水を沸かすための器と、食材を入れつつ水蒸気を通す通気口を持った器の組み合わせが必要となる。


 この底に水蒸気を通す通気口となる穴があけられた調理道具のことを甑(こしき)という。甑は須恵器と呼ばれる様式の土器として各地の遺跡から発掘されている。特に古墳時代を中心によく使われていたらしい。

 

 その調理道具の甑だが、平安時代になると安産のおまじないに用いられるようになる。具体的には、出産中の女性がいる邸の屋根から甑を地面に落とすのだ。


 いったいなぜ。


 こちらの作品では、甑という調理器具と米の調理の歴史、そして平安時代に安産のまじないに使われるに至った経緯を見ていきます。

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