【勇者を殺したのは誰?】ハロルド探偵事務所の事件簿(第一部・王都に潜む怪しい連中は知力じゃなくて武力で制圧します…編)

猫とホウキ

プロローグ

 そのときのあたしといえば、まだ王都に来たばかりの田舎者で、近道と思って危険な裏通りへと足を踏み入れてしまうような常識知らずであった。


 案の定、ゴロツキ三人に取り囲まれてしまい、大ピンチに陥る。その三人は「金目の物は持ってなさそうだしどうするよ」「別に持ってなくていいだろ、こいつ自身を売りゃいいんだし」「へへ、確かに子供だけど顔立ちは整ってやがるしな。高く売れそうだぜ」「良家の子女なら親を脅して身代金を貰う手もあるんだけどな。服装からして大した家柄じゃなさそうだからな」みたいな話をしていて、見逃してくれそうもない。


 背後は壁。正面に並ぶ三人は体格ガタイが良く、隙を突いて走り抜けるのも難しそう。


 これは仕方ない。あたしは意を決して、を使うことにする。それは人類の叡智の結晶にして、小娘クソガキでも大人ゴロツキをあっさりと殺せてしまうような危険な技能だった。


 その力を魔法と呼ぶ。それを行使する技術を魔術と呼ぶ。そして魔術の使い手を『魔術士』と呼ぶ。


「ぬいぐるみクマちゃん、引数ひきすうなしで起動。ごめんなさい、一番弱い術式ですが殺してしまうかも」


「は?」


 その声は、三人の誰が発したのか──


 それを考えることもなく、あたしは両手を突き出す──と同時に放たれた衝撃波によって、ゴロツキ三人は吹き飛ばされていた。力加減を誤ると吹き飛ぶ前にしまうのだけど、さいわい、今回は威力が下振したぶれしてくれたらしい。


 人殺しにはならずに済んだ。


 しかしほっとしてもいられない。他にも仲間がいるかもしれず、すぐにこの場を離れなければいけない。


 あたしは走り出して、裏通りを抜けようとする。しかし細い路地の出口に──もう一人チンピラ風の男がいた。


 アロハシャツに白っぽい短パン。逆立った短めの黒髪にサングラス。何故か腰にフライパンをぶら下げている。不審者オブ不審者。見かけただけで通報したくなるような風貌の男だった。


「おい、今の爆発音は、てめえののせいか?」


「え?」


「なんかトラブル起こしやがっただろ。わりいけど、そういう女をこっちににがすわけにはいかねえんだ。引き返しな」


 その言葉により、あたしはそのアロハシャツ男を敵認定する。


「そういうわけにはいきません」


「あん? 小娘ハナタレが、大人の言うことは素直に聞いておけ」


「あたしをあなどると酷い目にいますよ?」


あなどってはねえし──あ? おい。まさかここでやる気か? やべえことになるぞ」


「警告です。今すぐ道を譲ってください」


「いやだから、話を──」


 無意味な問答を続けるつもりはない。あたしは両手を突き出す。


「ぬいぐるみクマちゃん、引数ひきすうなしで起動」


「話を聞け──!!」


 魔術アプリケーションを起動すると、先ほどと同じく、あたしの手のひらから衝撃波が放たれた。


 吹っ飛ばすだけのつもり──が、撃った瞬間、手応てごたえがと感じた。


 強く撃ちすぎた。これでは人間の骨格など簡単にへしゃげさせてしまう。


 殺してしまう。しかし撃ってしまったあとではキャンセルできないのである。力の奔流ほんりゅうは破壊欲求を満たすまで、ただただ突き進むのみ。


 ごめんなさい、アロハシャツさん。あなたを殺してしまいました。


「──アホか! こんな場所で魔術を使う馬鹿がいるか! この先は大通りで通行人だらけだぞ! それに狭い路地で衝撃波をばら撒こうとするんじゃねえ! 建物が崩れて下敷きになるだろうが!」


 ──あれ?


「ああ? なに死体に『おはよう』されたみたいな顔をしてやがんだ」


「え、だって、今、魔法、魔術、クマちゃん、直撃したはず……」


 あたしは自らの手のひらを見る。そこには確かに魔術を放った感触が残っている。


「さては目をつむってやがったな。てめえのは俺がちゃんと防いだぜ」


「そのフライパンで?」


「確かにこのフライパンは丈夫じょうぶだけど、そこまでの強度はねえよ……。って、あんまり話している時間にはねえ。てめえ、裏通りの奴らとトラブル起こしてんだろ?」


「はい──あなたもお仲間ですよね?」


ちげえ! ったく、俺みたいな善人捕まえて、犯罪者扱いするんじゃねえ。で──だ。もし逃げるならこっちはやめておけ。てめえみたいな小娘がこんな道から大通りに出てくるとそれだけで目立っちまう。顔を覚えられなくない相手もいるかもしれねえ──トラブった連中の仲間、あるいは情報屋なんかもいるぜ」


「じゃあ、どうすれば?」


「少し戻ってから右手に進め。突き当たりをさらに左。あとは道なりにずっと歩け。昼でもやってる酒場の裏手にぶつかるから、裏口から店に入って──表玄関から外に出ろ」


「戻ったら、またトラブルに巻き込まれそうですけど」


「まあ、そうだな。頑張れ」


「頑張れって──」


「俺が護衛してもいいけどよ、余計に目立つぜ?」


「あ、はい、それは」


 フライパンを持ったアロハシャツ男と一緒にいれば、否応なしに視線を集めてしまうことだろう。


「少し離れて見ててやるから安心しろ」


「危なくなったらちゃんと助けてくれますよね?」


「まあ、できる範囲でな──これ以上の長話は良くねえ。言われた通りのコースで逃げろ。走るなよ、目立つからな。分かったか」


「はい、ありがとうございます。その、親切にしていただいて、あと死なないでくださいまして」


「礼なら金か食い物で頼むぜ。名刺を渡しておくから、落ち着いたら事務所に挨拶に来い」


「…………」


 ここは「礼には及ばねえ」と格好良く笑うシーンだと思うのだけど、こんなチンピラにそれを求めるのは酷だろう。


「じゃあな」


「はい」


 あたしは名刺を受け取ると、アロハシャツ男に背を向けて、言われた通りに裏通りを歩き始める。


 その途中、貰った名刺を見る。そこには『ハロルド探偵事務所』と書かれていた。


 アロハシャツ男の名前はハロルドさん──いや、その前に、探偵事務所?


 まさか今の男が探偵なのか?



***



 その日は無事に宿舎へと帰り着いた。そして後日、あたしは菓子折りを持って『ハロルド探偵事務所』を訪ねたのである。


 二階建てアパートの一室が事務所になっているらしく(名刺に書かれている住所は、そのアパートの二階、一番奥の部屋だった)、ドアの前で呼び鈴を鳴らすと、不幸にも──いや幸いにも、アロハシャツ男が部屋から出てきた。


 もし不在だったら菓子折りと手紙だけ置いて帰ろうと思っていたのに──残念。


「おう、この前の小娘キケンブツじゃねえか。本当に挨拶に来たのか? 律儀だな」


「帰りますね」


「まあ怒んなって。来たんなら上がっていけ。こっちにも話があるんだ──面白い話がな」


「あの、変なことはしないでくださいね?」


「おいおい、俺を誰だと思ってんだ。王立騎士学校第244期主席卒業生のハロルドだぞ。騎士資格者の名誉にかけて、てめえみたいな女らしさの一ミリもねえような小娘ロリガキにゃ手を出さねえ」


「は、え? 騎士学校の──? あなたが?」


「ああ。なんか文句あっか?」


「え、えええ……。この国って大丈夫なんですかね……? 急に爆発したりするじゃないでしょうか」


「余計な心配だ! で──だ。てめえも騎士学校を目指して王都に来たクチだろう? とりあえず民間の魔法学校に入学したんだろうが、それはそれとして」


「はい」


「てめえの魔術を見て思ったことがある。詳しくは──立ったままするような話じゃねえな、まずは上がれ」


「はあ」


 あたしは騎士学校卒業生(しかも主席)という言葉を信じたくはないと思いつつも、先日の事件で必殺の魔術を完璧に防がれたという事実もあり、迷いながらもなんとなく言葉に従ってしまう。


 そして招かれた部屋の中でそこそこ不味まずいお茶を飲み(飲まされ?)ながら、とんでもない提案を受けた。


「てめえ、俺の弟子にならねえか?」


「──へ?」


「ついでに俺のをやらねえか? ちゃんと給料は払うぜ」


「──はい?」


 意味が分からなかった。



***



 あたしがその提案を受け──探偵助手になってから、もう七年が過ぎている。なおハロルドがあたしを弟子だの探偵助手だのにしようとした理由は、一つは『安く便利にこき使えそうだと思ったから』という騎士資格者とは思えない非人道的なものだったのだけど、もう一つの理由は──


「見たこともねえ意味不明な回路ロジック魔術アプリケーションを組みやがる。暴発して自滅しねえのが不思議なくらいだ──いや、いずれは暴発させて死ぬことになるだろうな。ただそれもつまらねえ。その意味不明な魔術がどう育っていくのかを見てみるのも一興ってもんだ。だから俺に弟子入りしろ。なんとかコントロールさせてやる」


 ──とのことらしい。


 そのおかげで、あたしは四肢を失ったりもせず無事に騎士学校を卒業できた。卒業後は公務にはかず、正式にハロルド探偵事務所に就職した。


 しかし同時期に所長であるハロルドが失踪してしまった。彼がいなくなってそろそろ一年が過ぎる。


 ハロルド探偵事務所に所属する探偵は彼一人のため、事務所は事実上の営業停止状態である。あたしは探偵助手のため、一人でできる仕事はほとんどない。


「どこへ行ったんですか、ハロルドさん。事務所のお家賃、あたしが立て替えているんですけど?」

 

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