第39話 ④
「この街を離れる前に、ぜひもう一度当店へお立ち寄りください」
「はい、また来ますね。ごちそうさまでした」
食事を終えたリリアナたちをヨアナが見送る。
外に出てみると、あたりはすっかり日が暮れて薄闇になっている。
ブルーノ会長とはソバの実亭の前で別れ、宿の方向へと足を進めてしばらく経った時だった。
刺すような視線を感じた気がして振り返ろうとするリリアナを、横を歩くハリスが小声で制した。
「このまま気付かないふりをして歩くぞ」
ここで神妙な顔をして頷いては、尾行に気付いたことがバレてしまう。
「先生、ガレット美味しかったわね!」
リリアナが明るく言うと、ハリスが口角を上げる。
「そうだな」
その調子だと言ってくれているような微笑みに安心してリリアナも笑った。
ふたりは宿に向かう途中の商店や酒場で、あえて大っぴらにペットの違法取引に関する聞き込みをして回った。その間もずっと尾行がついている気配を感じていたが、気付かないふりを続ける。
聞き込みで得られた情報は、檻やカゴに入れられた猫や犬を見かけたことはあるが、それがガーデンの生き物かどうかはわからないという内容ばかりだった。
ガーデンの魔物の見分け方は、赤い石がはめ込まれた首輪を着けているか否かだが、ガーデンに興味のない者たちはそこまで知らないため、動物たちの首輪に注目しないのだろう。
ガーデン管理ギルドが手配してくれた宿に到着した。街で最も高級な宿のため、盗聴されたり賊に寝込みを襲われたりする心配はなさそうだ。
部屋は当然別々に取ってもらった。リリアナが女性だからというのもあるが、ハリスのいびきがうるさすぎて眠れないという理由のほうが大きい。
3階のハリスの客室でくつろぎながら今日のことをおさらいする。
「先生はヨアナさんと知り合いなの?」
「直接の関わり合いはなかったが、彼女はガーデンの元調理士だ」
ガーデンで調理士を専業にしている冒険者の人数は多くない。だから言葉を交わしたことはなくても、顔と名前ぐらいは知っているのが普通だ。
それにハリスのことを知らない調理士はいない。ソバの実亭でハリスとヨアナが無言のまま一瞬視線を絡めていたのは、互いの素性を知ってのことだろう。
「たしか怪我を負って引退して、故郷に帰ったと聞いた」
「商会長さんと仲がよさそうだったわね」
ヨアナが気安い口調で話していた様子を思い返す。
成金趣味の商会長とナチュラルで質素な女性シェフ。気が合いそうだとは思えない。
「年齢が近いから、子供の頃からの知り合いかもしれないな」
なるほど、その線はあるかもしれないと納得したリリアナだ。
ここまでくれば今回の依頼のタレコミを誰がしたのか、リリアナにもなんとなく見えてくる。
その答えを口にしていいものか迷った時、窓をカリカリ引っ掻く音が聞こえた。
ハリスが窓を開けるとコハクがするりと中へ入ってきた。
「コハク、ご苦労様」
ピョンと膝に飛び乗ったコハクは、リリアナに抱きしめられて嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らす。
実はマルドに着いて馬車を降りてから、コハクとは距離をとって歩いていた。
ブルーノ商会に入る時は外で待機させていたため、リリアナとハリスがペットを連れてきていると気付かれていないだろう。
魔道具の首輪の上から別の首輪をつけていたため、よほど接近しなければ本当は魔物だとバレる心配もない。
食事の後、ハリスはさりげなくコハクにハンドサインを送った。それに従ってブルーノ会長へ着いていったコハクがようやく合流した。
ガーデンのペットは主人の居場所がわかるため、離れていてもきちんと主人の元へ戻ってくる。
ハリスがコハクの首に重ねてつけた首輪のひとつを外した。
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