第6話 ⑤
リリアナはハリスの素性をよく知らない。
ハリスは白い物が少々混じる短い黒髪とダークブラウンの目に無精髭の無口なイケオジだ。リリアナが知っているのは、彼が40代前半で名前がハリス・ヴィンセントであることだけ。
これはハリスの冒険者カードから得た情報だ。
家名から察するに、もしも彼がヴィンセント侯爵家の縁者なのだとしたら、自分と同じラシンダ王国の出身のはずだと気付いてはいるが、ガーデンに集う冒険者の中には過去を捨ててやってくる者も少なくない。
本人が語ろうとしない過去を詮索するのは野暮だというのが暗黙のルールとなっている。
ハリスは冒険者たちの間で一目置かれる調理士で、皆から「ハリス先生」と呼ばれている。
ガーデンにおける「調理士」とは、フライパンや包丁など調理道具をメインの武器にして魔物と戦い、倒したその魔物を美味しく調理してしまう一風変わった
調理士はガーデン内の魔物や採集物の調理方法と効能に精通している。
食材を現地調達できる上にガーデン内で調理した料理――ガーデン料理からは回復効果や一時的な
そんな調理士たちの中でもハリスは、魔物を仕留めてから捌き終えるまでのスピードと技術、調理の腕が群を抜く憧れの存在で、それが「先生」と呼ばれている
一方で、調理士は物理攻撃アタッカーと呼べるほどの攻撃力は無く、魔法も調理に関係する火おこしと水魔法ぐらいしか使えないため、食事や身体強化の不要な短時間の狩りの場合はあまり必要とされない。
特に、己の力こそがすべてと思っている脳筋勢の中には、調理士などただの役立たずだと言って憚らない者も大勢いる。
ハリスとリリアナのふたりが転送されたのは、四足歩行の哺乳類タイプの魔物が多く生息する草原エリアだった。
青々とした草と低木の生える平らな大地には湖も点在している。
ふたりの狙いは当然依頼を受けた魔牛だったが、テオの場合はターゲットを絞らず、狩りを楽しみながら技量を上げることが目的だった。
つまりこの日、リリアナたちとテオが同じエリアに居合わせたのはまったくの偶然だったことになる。
ハリスの的確な誘導とサポートにより、得意の魔法で大型の魔牛を危なげなく仕留めたリリアナは、勝利の余韻に浸る間もなくハリスから魔牛の捌き方のレクチャーを受けた。
血抜きに内蔵の処理、素材となるツノと蹄の外し方、皮の剥ぎ方をわかりやすく説明しつつ、ハリスは手早く作業を進めていく。鮮度が命の魔牛の生肉はステーキ大にカットしたそばから「マジックポーチ」という魔道具の中へ入れていく。
この袋は中が異空間になっていて大きな物や重たい物をいくらでも詰め込めるし、魔物の肉の鮮度も保ってくれる優れものの収納アイテムだ。
すべての作業を終えたリリアナの頭の中は、さあどこでステーキを焼いて食べようかと食い気一色になっていた。
「拠点に戻りながら場所を探そう」
ハリスの提案に頷きながら歩いていた時、リリアナの視界に地面に寝っ転がる人影とその上で動いている白くて丸い物が映った。
「ハリス先生、あれなにかしら」
最初は冒険者が寝転がってペットと戯れているのかと思った。しかし、その冒険者がまったく動いていないことに気付いたところでハリスとリリアナは慌てて駆けだした。
向かった先には斧をしっかり握りながらも意識を失い、レオリージャの子供にネコパンチをくらいまくっている傷だらけの冒険者が倒れていたのだった。
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