第2話 1皿目 魔牛のステーキ①
テオは混乱していた。
鼻をくすぐる香ばしい匂いとジュウジュウとなにかを焼いている音で、半ば強制的に意識を覚醒させられたのがつい先ほどのこと。
音のする方へ目を向ければ、大きなフライパンの前で壮年の男が胡坐をかき肉を焼いている。
それはいいとして、問題はその男の横に座って肉を食べている若い女のほうだ。
「おかわり!」
分厚いステーキをペロリと食べると、元気よく空になった皿を男に差し出す。
男は甲斐甲斐しくその皿に焼けたステーキを乗せると、また生肉をフライパンに並べてせっせと焼き続ける。
若い女の体つきはどう見ても華奢で薄っぺらいのに、顔と同じぐらいの大きさのステーキを瞬く間に飲み込んでいくではないか。
しかも苦しそうな様子は微塵もなく、実に満足そうな表情で。
戸惑いながらもその様子にテオの目が釘付けになった。
しばらく眺めているとフライパンから立ち上る煙の向こうでなにかが動いたような気がして、そちらに視線を動かしたテオはさらにギョッとした。
白くて丸いものが生肉を食べている。
よく見ればそれはレオリージャの子供だった。
魔物を傍らに従えて尋常ではない量のステーキを物凄い勢いで飲み込む若い女――さてはコイツ、ヒト型の魔物だな!
人間離れしているのは人間ではないからだと合点がいって混乱が収まると、今度は足元からすうっと薄ら寒くなってしまう。
女が山積みになっているあの生肉を全て平らげたら、次は自分が食われる番かもしれない。
その証拠にテオの体はあちこちが痛むし、手足は鉛のように重くて持ち上げることすらできない。起き上がることもままならないほどテオの体力は枯渇しており、怪我も癒えていない。
つまり、行き倒れているテオをここへ運んだ目的は、介抱ではなく捕食に違いないと思い当たったのだ。
ガーデンでは、なにが起きても不思議ではないし魔物との戦いは全て自己責任だ。
その最期がまさか、体を切り刻まれてこの怪しい魔物に食べらるとは……。
テオが心の中で自嘲して口元を歪めた時、若い女と目が合った。
食事の手を止めてテオの横へやって来ると、彼女はにっこり笑った。
間近で見るエメラルドの目と、炎に照らされ蜂蜜を垂らしたように艶やかに輝く金髪に一瞬目を奪われたテオだったが、その感情の正体がなにかわからない。
「目が覚めた?」
捕食する側の余裕の態度に腹が立って、テオは精いっぱい大きな声を出した。
「ひと思いに殺せっ!」
眉間にしわを寄せてしばしテオの顔を覗き込んだ彼女は髪を揺らしながらくるっと振り返ると、相変わらず黙々と肉を焼き続ける男に向かって言った。
「ハリス先生! この人、大丈夫かしら。変なこと言ってるわ」
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