第43話 初めてをもらう
「私、今日はもうちょっと長くここにいられます」
昨日までは八時にはここを出て、家まで送っていた。だとすると九時くらいまでは大丈夫なのかな? それとも一晩……とか? 全然分からない。ここにそれが分かる大人は誰かいませんか!?
もちろんいるわけないので自分で考えるしかない。時計を見るとちょうど八時前だった。八時ピッタリじゃないから、ちょうどとは言わないか。
「それならもう少しここにいてほしいな」
俺の口からそんな言葉が漏れた。
「喜んでっ!」
月花さんはそんな言葉に違和感を感じることなく、即答してくれた。
月花さんの言葉は何かを変えるきっかけなのだろうと、俺は感じた。それならば何を? そんなの決まっている。友達という関係を変えるんだ。ならばどうやって? それは分からない。けど、考えつく限りのことをしてみよう。
テーブルをはさんで対面に月花さんは座っている。まずは物理的に近づくことから。
「月花さん、こっち来る……?」
「はいっ!」
待ってましたと言わんばかりに月花さんは、ササッと俺の右側に来てちょこんと体育座りになった。
「月花さん、足くずしていいよ」
「はいっ!」
月花さんは元気よく返事をして正座した。いや真逆の行動なんだけど……。俺の言い方が悪かった。
「私からもいいですか?」
「いいよ」
「ここに頭を乗せてみてください」
「分かった」
俺はそう返事をして月花さん指定の場所へ頭を乗せた。その場所とは、月花さんの太もものことだ。ハーフパンツ姿なので、直に温かさが伝わってくる。俗に言う『ひざ枕』の完成だ。
……ここまでするつもりじゃなかったんだけど。ただ隣に来てほしいなって思っただけなのに。
「やっぱり落ち着きますー」
月花さんはそう言うけど、それは俺のセリフだと思うんだ。
そして月花さんとは反対方向を向いている俺の頭をなでながら、月花さんがゆっくりと話し始めた。
「私、可愛くない見た目のせいで今まで本当の友達ができなかったんです」
「本当の友達?」
俺は月花さんの顔は見ずに、ただなでられながら聞き返す。
「はい。男の子は誰も私と話してくれないし、女の子もみんなが私に好意的というわけでもなくて……」
あの合コンの例だってあるんだ。きっとまだまだ俺の知らない苦労をしてきたのだろう。周りの環境で本来の性格が変わってしまうこともあると俺は思う。
「もしかして私はずっと一人なのかなって思ってたんです」
俺だって元の世界では苦労してきた。ただ見た目が冴えないというだけなのに。だから最初は月花さんに同情していたんだ。
「最初は男の子である
月花さんの手はずっと俺の頭をなでている。
「それからは冴島さんのことを考えることが多くなって、学校でも一緒に過ごしてくれる人ができて、少しずつ学校が楽しくなりました。きっと冴島さんと友達になっていなかったら、無かった出会いだと思います」
俺は黙って月花さんの話を聞く。
「だから、ありがとうございます。でも私、もうそれだけじゃ満足できなくなったみたいです」
その言葉を聞いて、俺は慌てて起き上がった。
「きゃっ!」
俺が急に起き上がったものだから、月花さんが驚いて声を出す。でも今は『ごめん』よりも優先して言うことがある。
経験不足の俺だけど、これは俺から言わないといけないような気がした。もしかしたら俺は今までの経験から、必ずうまくいくという確信がほしかったのかもしれない。月花さんがあそこまで言ってようやく勇気が出るなんて。
「月花さんっ!」
「はいっ!」
俺が月花さんに向かい合って名前を呼ぶと、驚いたような返事がきた。
「それは俺だって同じなんだよ。俺も月花さんと出会えたから、毎日が楽しいんだ。俺はいろんな女の子から声をかけてもらったけど、嬉しくはなかったんだ。なんだか俺の見た目しか見てもらえていない気がして」
月花さんは真っ直ぐに俺の目を見ている。
「でも月花さんは最初は俺を遠ざけようとしたよね。それで気になるようになったんだ。そして接しているうちに、なんとかして自信を取り戻してほしいと思うようになった」
俺が可愛いと思う女の子なら他にもいる。たわわ美少女に、
「最初は本当にそれだけだったんだ。おせっかいな親切心とでもいうのかな。でも今は違う。『この子の笑顔が見たい。もっと喜んでほしい』って思ってる。そしてそれは友達のままじゃ限界があるんだ。俺は今日その関係を変えたい」
月花さんの表情は変わらない。まるで言葉の続きを待っているかのように。
「俺は月花さんが好きです! 付き合って下さい!」
俺がそう言っても月花さんの表情は変わらない。伝えるタイミングを間違えたのかと不安になっているところで、ようやく口を開いてくれた。
「私、可愛くないですよ?」
「そんなことはないよ」
「私、友達いないんですよ?」
「俺までノーカウントなの!?」
「私といるとこれからも冴島さんまでツラい目に遭うんですよ?」
「俺はそう思ってないから大丈夫。むしろ月花さんと一緒にいられるのならそのくらい!」
質問攻めが終わると、月花さんの声が震えたものに変わった。
「わっ……私っ! 小さい頃から今まで一人で耐えることしかできなくてっ……! 私が受け入れたら誰にも迷惑かけないからっ……! それでいいって思っててっ……!」
月花さんの目には光るものが今にもあふれ出しそうだ。
「もしかしてずっとっ……! そうやって生きていくのかなって……! でも本当はそれはすごく嫌でっ……! もう分からなくなってしまって……!」
「月花さんが周りに合わせる必要なんてないんだよ。俺はもっと月花さんの笑顔が見たいな」
俺がそう伝えると、月花さんは俺の胸に飛び込んできた。今度は俺が月花さんの頭をなでて言葉をかける。
「今まで一人で頑張ってきたんだね」
「冴島さんっ……! ずっと一人でツラかったのっ……! 本当にっ、ツラかったんだよっ……! わああぁぁーっ!」
俺の胸の中で一人の女の子が声を出して泣く。まるで今までのツラかった思いを涙で流すかのように。きっと今まで誰にも頼れず、とても一人では抱えきれない思いが一気にあふれ出たのだろう。
そして月花さんが俺の胸の中で落ち着きを取り戻し、俺を見上げてそっと語りかける。
「私のとっておきの初めて、冴島さんにあげます」
月花さんが目を閉じた。告白の返事をハッキリともらったわけじゃないけど、今この瞬間に言葉は不要だ。
俺はそっと顔を近づけて、月花さんと唇を重ねた。月花さんの温かな体温が全身に伝わるかのようだ。やがて俺達はそっと離れた。
「私の初めて、あげちゃいました」
「それは俺だって同じだ」
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