備忘録

ワイズマン

備忘録

これは備忘録である。今後このようなことが起きないため、もし万が一に起きてしまった時にはまたここに戻ってきて悔い改めるための深い深い戒めである。

今日一つの恋が終わった。

そもそも始まっていたのかすら定かでなはい。若かりし頃の自分が抱いていたような、心の底から燃え上がるような感情は感じていなかった。強がりだと思うかもしれない。そしてそれは正しいのかもしれない。事実、自らを形成する中でそれは無視できない大きさになっていたからだ。

だが現実は薄情だ。私は、一人しか座れない椅子に座ることができなかった。

可能性はあった。もしかすると、あの時、自分が一歩踏み出していれば。予感めいたものもあった。だがそこで踏み込めなかったのは私だ。なんの努力もせず、ただ流れるままに任せればいつかどうにかなると愚かに考えていた、臆病で怠惰な私自身だ。

心の奥底、いや正直に言えばほとんどわかっている。こんな事をしてもなんの意味もないと。自らが惨めになるだけだと。ただ認めたくないだけだとわかっている。だがもし認めてしまったとき、このわずかに残った顔まで沈めて溺れてしまったとき、それが何より怖いのだ。それはこれから前に進むために必要なことなのかもしれない。自らの過ちを悔い、目をそらさずに振り返り、立ち止まる間もなく走ることこそが現状を良くするただ一つの行いなのかもしれない。

だが泥濘の中にいるような今の体では、動き出そうにもできる気はしない。せいぜい指先だけを動かして、これを少しでも何かに昇華させようと手さぐりにもがくしかできない。そう自分に言い訳をして、何かで頭を埋めなければ空いた空白にもっと恐ろしい何かが入り込んできて私を食い荒らしてしまうように感じる。

今行っていることが芸術ではないことは理解している。そう、ただ自分に酔っているだけだ。人生でよくある失敗談をさも高尚なことのように扱い、美化し、あまつさえまるで自分が傷ついていないかのように振る舞う。くだらない言い訳だ。こんなことが知れれば、皆私のことを蔑むだろう。稚拙な文章だと嘲笑するだろう。それはすべて正しい。私は何も言うことはできない。

ただ、何かを絞り出さなければ、この抜け殻のようになった私の最後に残った一滴でも、誰かに聞いて欲しかったのだ。たとえそれが誰の目にも触れられないものだとしても、書かなければ気が済まなかったのだ。哀れでいい。惨めで構わない。だが、こればかりは手放すことができなかった。

もしも願いをかけるのならば、これが電子の海を揺蕩い、いつか今の私と同じ心のものに届けばいいと思う。きっと彼、もしくは彼女も同じ事を感じているはずだからだ。

私たちは選ばれなかった。その事実は激痛を伴いながら心を引き裂き、そしてしばらくは鈍痛と共に自らの一番深いところに残り続ける。時が経ち、癒えたかと思えば、怨嗟のように再び顔を出す。そんなに苦しいなら今までの思い出もすべて手放してしまえばいいだろう。楽になればいいだろう。そう言われるかも知れない。だがそれはできない。なぜなら私たちは知っている。

もう戻らないあの日々は、たまらなく幸せだったからだ。恨みはない。憎しみなどあるはずもない。こんなにも多くのものを与えてくれたことを、たとえそれらを失ったとしても否定したくはない。

もしこれをここまで読んでくれている人がいたら。顔も知らないその人が、少しでもこの内容に心を動かされたのなら。

この期に及んでまだ燻っている私の恋心も、少しは浮かばれるといったものだ。

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備忘録 ワイズマン @abyss_elze

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