第22話 『深夜の駐輪場』


 怪談のオチって、大抵はこういうものだろうっていう話なんですけどね。


 マンションの1階に、居住者用の駐輪場があります。

 数か月前から、その駐車場で夜間に不審者が出ると言う報告がありました。

 防犯カメラをチェックしても、何も映らず。

 映せる範囲がそれほど広い防犯カメラではないので、たまたま映らないのか故意に映らないようにしているのかわからなかったんです。

 その内に、黒い影だけが動くのを見たという報告が増えました。

 真黒な人影だとか、生首ぐらいの黒い塊が飛び出していったとか。

 どっちだよ、って話ですけど。

 ただ、夜中に呪文を唱えるような低い声が聞こえるとか。オカルトな方向の噂も増えてしまって。

 見間違いかデマだったとしても、本気で怖がる住人も出て来てしまいました。


 私は管理会社から派遣された昼限定のマンション管理人なのですが、防犯カメラに証拠映像があれば通報するルールになっていました。

 とはいえ、映っていないからと言って、放置するわけにもいかなくなり。

 通報が必要かどうかを判断するために音声録音機能付きの防犯カメラを借りて、今までとは違う角度で設置してみたんです。


 早速、自分の勤務時間に、前夜の防犯カメラの映像を確認してみました。

 すると、本当に黒い人影が映り、ギョッとしましたよね。

 もちろん影だけではなく、深夜に駐輪場へやって来た黒い服の男でした。

 元々の防犯カメラの真下で、死角になっていたようです。

『あの、今夜もその……』

 黒い男はカメラに背を向け、駐輪場の奥の壁に向かって何か話しています。

『あの……深夜に恐れ入ります。その、もう……どうしても、ですね』

 低い声でボソボソと話していました。

 そこだけ聞くと、悪い薬の取引など疑ってしまうでしょ?

 でも、黒い服の男以外、人影は見あたらないんです。

 録画なので現在の様子ではないのですが、ちょっと不気味でしたね。

『もう、行かなくてはいけない時間なんです。こんな時間で、本当に申し訳ないと思います……でも、夜勤の仕事で、どうしても……もう行かないと遅刻で』

 男が壁際の自転車を揺らすと、その前カゴから真っ黒な塊が飛び出しました。

 目がキラッと光りましたよね。

 近所で時々見かける、野良の黒猫だったんです。

 お洒落カゴっていうのかな。

 金属やプラスチックじゃなくてね。とうを編んだような前カゴだったんです。

 ええ。彼は、夜勤で仕事をしている、このマンションの住人でした。

 自転車の前カゴの中で、よほど気持ちよさそうに寝ていたのか、どかすのも申し訳ないと野良猫に話しかけていたようです。

 だから、声を潜めた呪文のようにボソボソと話していたんですね。

 その人には軽く、状況を伝えましたけどね。

 不審者を疑っていたマンション住人さんたちは大爆笑でしたよ。


 野良猫ですか? そのままですよ。

 以前、ボランティアによる野良猫の避妊去勢が進んで、数年して近所の猫が居なくなったんです。

 避妊去勢はいい事だとしても、ただ駆除される場合もあるでしょ?

 近所から猫が居なくなったら、鼠が大発生しましてね。

 不衛生でしょうがないですよ。

 鼠なんか居たのかと。あまり見かけないと、存在を意識もしないのでしょうけど。

 居なくなってわかる有難みと言うやつでね。

 その黒猫さんも去勢手術をしているそうですが、ここに居ついてくれると良いなと思っていますよ。


 事実を知らなければ、夜中の駐輪場で謎の呪文を唱える人影の噂が広まった後、鼠が大発生して疫病が蔓延した……なんて話が繋がってしまうのかも。

 時代が時代なら、そんな風にこじつけられていたのかも知れないのかな、なんて思ってしまうんです。

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