第21話 『だれだ』


 キッチンでお母さんが料理をしているところを、後ろから眺めていたんです。

 エプロンの背中のリボンが、縦結びになっちゃってるなーって。

 大きな鍋がグツグツ音を立てていて、お母さんは包丁で野菜か何かをトントンッとテンポよく刻んでいます。

 普段から、お母さんは靴ひもの結び方とか厳しいので、急いでエプロン付けたのかな、とか。

 そういう所に気が回らないくらい、疲れてるのかな、なんて気になってたんです。


 そうしたら僕の後ろから両目を塞がれて、

「だーれだ?」

 って。

 お母さんの声なんです。

 晩御飯は何を作ってるのかなって、お鍋に目を向けたりはしてましたけど。

 背後に瞬間移動したのかと驚いて、

「え、お母さん?」

 ちょっと声が震えました。

 すぐに手を離してくれて、

「やぁねぇ。誰と迷ってるのよ」

 って、お母さんが笑っていました。

 もちろんキッチンには誰の姿もありません。

「遅くなっちゃった。すぐにご飯の支度するから」

 お母さんはスーツ姿で、床に置いていたエコバッグには、スーパーで買い物した食材がたくさん入っていました。


 お母さんが着替えに行っている間にキッチンを見てみましたが、まな板も鍋も片付いていて、調理中の形跡はありませんでした。

 よく考えたら、お母さんが仕事から帰って来た覚えもなかったし、料理の匂いもしていませんでした。

 僕が寝ぼけていたのでしょうか。


 お母さんは、いつもの場所に掛けてあるエプロンを、正しい結び方で付けて料理を始めました。

 今度は、すぐに出汁の香りが広がりました。

 縦結びの人がどういう存在だったのかわかりませんが、怖いのでもう出て来ないで欲しいです。

 お母さんが疲れすぎないように、家の手伝いもたくさんしようと思います。

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