二周目:強くてニューゲーム

第45話 ヤンデレ♂がヤンデレしか登場しない乙女ゲームのヒロイン……に転移した~

 ボクは画面に向かい、言った。


「マモリ、ボクの声が聞こえるか」

【ええ。ハッキリとね】

「またそっちの世界に連れて行ってくれ」

【せっかく陽彩ひいろさんと一緒に元の世界に戻れたのに】

「彼女のためにミヤを救っていない。お前だってセカイを救いたいんだろ? 今度こそ、トゥルーエンドを目指そう」


 また無音が流れる。


【無理よ】


 数秒後、マモリは言った。


【わたしには貴方をこちらの世界に召喚する力がないの。真堂ヒカルから説明されたでしょう。貴方たちを呼べたのは、真堂ミヤの助力があったからよ】


  確かにそういう話だった。

 ミヤがまたボクの召喚に力を貸すとは思えない。


【彼女に匹敵するマギアを持つものがいれば代わりになるかもしれないわ。だけど真堂まどうヒカルはまた封印された】

「ボクに、何かできることはないのか」

【残念だけど何もないわ】


 簡単に引き下がれるものじゃない。

 ほとんど思い通りにならない世の中で、自分で決めたことにまで必死になれないなら、生きている意味すら疑う。


「……諦めないぞ。そっちの世界に行く方法を見つけてやる。ミヤを救って陽彩ちゃんを喜ばせるんだ」


 固く決意するボクの気持ちに呼応するようにノートパソコンの画面が白く輝きだした。


【セカイ?】


 驚いたようなマモリの声が聞こえたかと思うと、ボクは意識を失った。



 目を開くと、見知った顔の女のアップがあった。

 ふわふわの茶髪と、まつ毛に彩られた大きな金色の瞳。


「ア……、れ……ヤ―」


 小さくて薄ピンクの口から、声が漏れる。

 ボクは芽上めがみセカイに押し倒されていた。


 全裸で。


 芽上セカイがいるということは、ゲームの世界に戻れたのか?


「……ケ、……て、ハ……ヲ、……シを、」


 芽上セカイはボクに纏わりつき、何かを訴えている。

 言葉にならない音の羅列では意味がわからない。

 マモリいわくこいつは「プレイヤーがいなければ、話すことも動くこともまともにできない」らしい。


 印象的な金色の目は、力強くボクを見つめていた。


「ボクに伝えたいことがあるんだな」


 セカイは頷いた。


「お前は、プレイヤーさえいれば話せるのか?」


 セカイは再び首を縦に振る。


「ならボクがお前のプレイヤーになってやる」


 ピンク色の唇が、笑みの形を作った。


「……ケ……、……くヲ……」


 セカイがボクの手を取り、呪文を詠唱した。

 途端に、セカイの体が黄金に輝いた。


 太陽みたいに眩しい光が、ボクの体を包みこんだ。

 それは温かくて柔らかな感触をしていた。


 遠い記憶。

 何の恐れもなく、母さんに抱かれていた頃のように心地よかった。

 体が溶けたみたいになったかと思うと、どこかに吸い込まれた。


【プレイヤー】


 頭の中で芽上セカイの声がした。


「ボクをこの世界に呼んだのは、お前なのか?」


 セカイは【そうよ】と、短く答えた。

 作中最強のキャラクター、真堂ヒカルをも超越するこいつであればボクを召喚することも可能だったわけか。


【私は肉体の奥深くで眠り、プレイヤーに身を委ね、世界の行く末を見守っていた】


 セカイは達観した瞳でそう言った。

 先程とは比べ物にならない明瞭な話し方だ。


【何万回と時を繰り返し、何千回と『彼ら』を救済し、何百回と壊れ行く世界を眺めた】


 原作ゲームをプレイしていた時は、ろくな目に遭わないセカイのことを「不幸な女」だと思っていたが、こいつは人間的な感覚とは一線を画す存在なのかもしれない。

 無表情な彼女は、人間とは異質な仰々しい雰囲気を放っていた。

 その姿は女神のようだ。


【世界の行く末を決めるのは、プレイヤー。私は見ているだけでよかった】

「ならどうしてお前はボクをここに呼んだ」


 現状に不満がなければそんなことはしないだろう。


【彼女が救いを求めたから】

「真堂ミヤか」


 セカイは頷いた。


「お前とミヤに何の関係があるんだよ」


 そう言ってから、以前マモリから「芽上セカイは真堂ミヤをベースに作られたキャラクターだ」と、説明を受けたことを思い出した。


「……ミヤは、お前なんだな」


 セカイはピンク色の唇をわずかに歪めた。


【真堂ミヤは私であり、母でもある】


 女神の隙間から人間の姿がちらりと覗いた。


【彼女を救いたい】


 自我を眠らせ、他人に人生を預け、何千回と「他人」を救済し続けた女神がはじめて自分の願望を抱いたというわけか。

 微笑ましいじゃないか。


「ボクも同じだ」

【貴方に私の体を貸す。……また、『最初から』はじめましょう】


 黄金の光がすぅっと引いて行く。

 体が熱くなった。

 マモリの強化魔法バフで体を強化したのに近い感覚だが、比にならないくらいのパワーを体の内側から感じた。


 光が消え失せ、目の前に現れたのはマギア・アカデミーの正門だった。

 親の顔より見たヤミのマギアのオープニングシーンだ。


「セカイ!」


 姫野マモリがボクの手を取った。


「……貴方は、内藤宗護さん?」


 いつも幽霊みたいに透けた姿をしていたマモリは、きちんと肉体を持っている。

 ボクに起きたことが信じられないといった顔をしている。


「どうして貴方がセカイの中にいるのよ」

「あいつが望んだんだよ」


 ボクは先ほどのできごとを説明した。


 マモリは深紅の目に涙をいっぱい溜めた。

 こいつはセカイの救済を願っていた。

 セカイの願望がよほど嬉しかったのだろう。


「セカイはね、自分を不幸だと思っていなかった。そういう風に作られたから。……それが悲しかったのよ」


 イカれた女ではあるが、セカイへの愛だけは本物だな。


「マモリ。またボクをサポートしてくれるよな」

「ええ。わたしと貴方のゴールは同じ。助け合いましょう」


 いつかと同じセリフをマモリは吐いた。

 あの時より声色は幾分も優しかった。


「内藤宗護さん。真堂ミヤをどうやって救うつもり?」

「あいつに会って対話する」


 他人の心の攻略法なんて本当はあるわけがない。

 地道に相手を知るしかないんだ。


「対話を拒否されたらどうするのよ」

「ミヤが対話をする気になるまで待つよ」

「何年かかると思っているの」

「気の長いお前からそんなセリフが出るとは思わなかったな」


 マモリはセカイを救済するために、何度も同じ時をやり直すつもりだった。


「陽彩さんの側にいなくていいの?」

「彼女はボクの世界で戦ってくれている」


 マモリの纏う空気がふっと柔らかくなった。


「……貴方、少し会わない間にまた変わったわね」

「成長期なんだよ。話してないでさっさとゲームを進めよう。詰まったらまた考えればいい。これまで通りな」

「そうね」


 ボクはマモリと連れ立って、マギア・アカデミーの正門を潜った。

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