第44話 家族のやり直しと、壊れたゲーム

 夕方、叔父さんがボクの病室に現れた。

 手には小さめのダンボールを持っている。


「頼まれていた品だ」


 そう言って、病室のテーブルに真新しい封筒と便箋を置いた。


「これはお前の母親からの手紙だ」


 ベッドの脇にダンボールがどさりと置かれた。

 結構な重量感だな……。


「いきなり手紙を書こうなど、何かあったのか」

「事件に巻き込まれたから母さんのこと、思い出しただけです」

「……お前はいつも、自分のことを話さないな。」


 叔父さんは、ボクを引き取って世話をしてくれているのだから善人に違いない。

 だからって「ゲームの世界に転移しました」なんて正直に話したところで信じて貰えるわけがない。


「お前が事件に巻き込まれたのは、保護者の怠慢だ」

「違います」


 思いのほか大きな声で反論してしまった。

 勝手に他人のせいにされたのに腹が立った。


 古臭いしきたりが萬栄する島に生まれたのも、母親が犯罪者になったのも、全然知らない場所にいきなり連れて来られたのもボク以外の誰かが原因だった。

 ヤミのマギアの世界に転移したのだってそうだ。


 ボクはずっと、他人が用意したシナリオの中で振り回されていた。


 だけど陽彩ひいろちゃんを守ると決めたのはボクだ。

 これだけは、この気持ちだけは他の誰の物でもない。


「今回のことは全部ボクの責任です。川合井かわいいさんを守りたくて、後のことまで考えられませんでした」

「川合井……あの、少女か」

「彼女が兄から酷い目に遭わされそうになっていたから、絶対に助けたくて」


 叔父さんのボクの肩を掴んだ。

 強い力ではなかったけど、手の平の大きさを感じるには十分だった。


「事情聴取では必ずそれを言いなさい」


 真剣な眼差しで叔父さんは言った。


「どんな判断になるかはわからない。けれど、何も伝えないままお前が悪者になることだけは、あってはならない」


 普段落ち着いている叔父さんにしては、言葉に熱がこもっていた。


「どうして叔父さんが熱くなってるんです」

「……お前が自分の責任だと思っているように、私も自分の責任だと感じている」


 叔父さんはボクの両肩から手を剥がした。


「お前が傷害事件を起こした疑いがあると聞いた時、理由の見当がまったくつかなかった」


 コミュニケーションを重ねて来なかったつけだ、と、叔父さんは呟いた。


「お前と一年会っていないことも、お前のことを何も知らないことにもその時に気づいた」


 叔父さんから、老け込んだ外見には似合わない不安の混じった空気を感じた。

 こんなに年上の人間でも、不安を感じたりするんだろうか。


「叔父さんには子どもが二人もいますし、ボクに構っている暇が無いのはわかっています。叔父さん達にとって、ボクは迷惑なお荷物なので」

「そんな風に考えていたんだな。……もっと話し合う時間を取っていれば」


 溜息のようにそのセリフは吐き出された。


 叔父さんはボクに無関心なんだと思っていた。

 話し合ったこともないのに、勝手に決めつけていた。


 ゲームのキャラクターも、現実の人間も同じだ。

 相手と会って、話をしなければ相手のことはわからない。

 何が好きでどんなことをすれば喜ぶのか。


「……今からでも話しませんか」


 以前のボクならこんなこと、絶対に言わなかった。


宗護しゅうご。やはり、会っていない間に何かあったんじゃないか」

「まぁ……そうですね。目を覚ましてやらないといけない奴ができたんです。そのためにはまず、ボクが変わらないと」

「いい友達ができたみたいだな」

「友達とかじゃないです。ボクとちょっと似てるから、放っておけないっていうか……」

「そういう人間を友達と呼ぶんじゃないか?」


 叔父さんの纏っている空気が和らいだ。


「そろそろ失礼しよう。……また来る」

「ありがとう、叔父さん」



 一人きりになった病室で、ボクはダンボールを見つめた。


 意を決して中身を見た。

 叔父さんか叔母さんがやったのだろう。手紙は届いた時期ごとにまとめられていた。


 ボクは手紙を一通ずつ読んだ。

 ひと晩では読破できないボリュームだった。


 どれだけ時間がかかっても、すべてに目を通そう。

 ずっと目を背けていた相手の気持ちを知るために。




 陽彩ちゃんにまた手紙で呼び出されたのは、二日後のことだった。

 彼女は約束通り、ヤミのマギアがダウンロードされたノートパソコンを持って来てくれた、


「父さんが届けてくれたの」

「そっか。お父さんと話せた?」

「うん……まだ全部を言うのは怖かったけど、兄がここに来るのは止めてくれることになった」


 陽彩ちゃんの父親グッジョブ!


「本当にこれで、ヤミのマギアの世界に行けるのかな?」


 陽彩ちゃんは不安そうな視線をパソコンに向ける。


「わからないけど、試してみよう。パソコン、少し借りるね」

「一人であの世界に行くつもり?」

「うん。川合井さんをもう危険な目には遭わせられない」

「危険なのは内藤君も変わらないよ。私のことを大切に思ってくれるのは嬉しいけど、もっと自分のことも大切にして」

「……君まであの世界に行ったら、君の兄がやったことを誰が説明するの。このままじゃボクは、冤罪で捕まるよ」


 陽彩ちゃんは優しいから、こういう言い方でもしないとこの世界に留まってくれないだろう。


「わかったよ。私はこの世界で、あれと……兄と戦う。内藤君、もしまたあの世界に行けたら、無理しないで」

「うん」

「ミヤちゃんに『またゲームするからね』って伝えてくれない?」

「もちろんだよ」


 陽彩ちゃんからパソコンを受け取った。


 最後に一つだけ言っておこう。


「川合井さん。あっちの世界に行って、戻って来たら……また、話せるかな。あっちで何があったか教えたいし」

「うん。……待ってるよ」



 その日の晩、ボクは陽彩ちゃんのノートパソコンでヤミのマギアを起動した。


 いつも通り、まず最初に見慣れたゲーム会社のロゴが画面の真ん中に表示される。

 だが次に現れたのは「いつも通り」のタイトル画面ではなかった。


『隠しモードが解放されています。このままゲームを続けますか?』


 真っ黒な画面に白いフォントが浮かび上がっていた。


 隠しモードって、ボクがこの世界に戻って来た時に聞いた奴じゃないか。

 怪しいが、もしかするとこれがトゥルーエンドに到達する布石かもしれない。


 おかしなものだ。

 最初は陽彩ちゃんを助けるために、マモリに言われて渋々トゥルーエンドを目指していたっていうのに。

 今のボクは、ゲームキャラたちを助けるために自分からそれを目指している。


 ボクは「はい」を選択して、次の画面に進んだ。


 いつもならミナセやダイチたちメインキャラクターが描かれているタイトル画面には、誰もいなかった。

 画面の端にはノイズが走っており、バグ画面のように見える。


 選択肢は「最初からはじめる」しかなかった。

 陽彩ちゃんは繰り返しこのゲームをプレイしていたので、「続からはじめる」や、スチルが鑑賞できる「エクストラモード」が選べるはずだった。


 ボクは「最初からはじめる」を選択した。

 けれど何の反応もなかった。


 何度押しても同じことだ。


「壊れたのか?」


 ボクは再び、「最初からはじめる」を選んだ。


 画面がブラックアウトした。


 無音の黒い画面を見つめていると、ノートパソコンから聞き覚えのある声が響いた。


【まだゲームを続けるつもり?】


 姫野マモリの声だった。

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