第34話 ラストダンジョン解放の前夜

 すぐに祈りの儀式をしたいところだったが、全員――特にダイチ――のマギアの消費が半端なく、ひと晩寝ないと儀式はできなかった。ボクもへとへとだ。


「今日は休もう」


 ボクの提案に三人とも了承した。


 夜になると魔物が活性化して危険だということで、全員揃って仮眠室でひと晩を明かすことになった。


「合宿みたいでワクワクするなぁ!」


 ダイチは気楽な調子で言った。ひとりぼっちから解放されてテンションが上がっているようだ。


「今日の晩飯はみんなで作らねぇ?!」

「いいね。楽しそう!」


 ダイチの提案にミナセは乗り、ホムラも特に否定しなかった。


「……ボクも構わない」

「よーし決まりだな!」

「メニューはどうするんだ?」


 ボクの問いにダイチは迷うことなく「こういう時はカレーに決まってるだろ!」と答えた。

 カレーはダイチの好物でもある。流石はイメージカラーが黄色なだけある。


 死体だらけの食堂で調理する気にはなれなかったので、食材や鍋などを取って来てここで作ることにした。


「食材選びは大事だよな! おれに任せろぉ!」


 ダイチはやけに張り切っている。みんなでいられるのがよほど嬉しいようだ。


「……ひとりでは危険だ。オレも行く」

「ミナはどうするー?」

「僕はここで待ってるね。強い魔物に襲われたら足手まといになりそうだし」


 ミナセは戦闘が苦手なことを気にしているようだ。ダイチは「狩人と二人かよー」と口を尖らせていたが、大人しく二人で食堂に向かった。


「飲み物を取って来る」


 手持無沙汰になり、ボクは倉庫に向かおうとした。


「僕も行く! ひとりで待ってるの嫌だよ」


 初めて留守を任された子どもみたいな不安な目でミナセは言った。子犬の魔成獣がミナセを慰めるように体を擦りつけていた。



 ボクらは倉庫までやって来た。

 改めて見回しても色んなものが置いてある、体育祭や学園祭で使う備品なんかもすべてここに収納されているようだ。


「相変わらず広い場所だな。ボクの学校の倉庫とは大違いだ」

「宗護君の世界にも学校があるの?」


 ミナセは問いかけた。


「ああ。通っていたのはもっと小さいところだけどな」

「そうなんだ。宗護君の学校でもマギアのお勉強するの?」

「いや、ボクの世界では誰もマギアが使えない」

「えぇっ! 昔のひとみたい! 不便だね」

「そうでもないぞ。マギアが無くても水が出せるし火も使える。別のエネルギーがあるんだよ」


 ボクの説明に、ミナセはかなりの関心があるようだった。


「……こんな話、面白いか?」

「うん。知らないこと知るの、好きなんだ」


 ミナセが勉強をするのは母親のためだけだと思っていたが、そうでも無いらしい。これまで散々見て来たように、原作で描かれていない面もこいつには――他の奴らにも――ある。


「宗護君の世界にも行ってみたいな」

「来ても面白いことはないぞ」

「全然知らない世界に行くんだもん、絶対に面白いよ!」


 不思議とミナセは上機嫌だった。というより、どこか吹っ切れたように見える。


「本物の宗護君も見てみたい」


 意外なことを言われた。


「……お前はボクのことを恨んでいると思っていた」

「恨んでるよ?」


 無邪気に言われ、うすら寒くなった。


「でも君の気持ちすごくわかるんだ。僕も大好きなひとのためにずっと頑張っていたから」


 母親のことだな。


「君は僕とおんなじだから、恨んでるけど嫌いじゃないよ」


 ミナセのいう感情には覚えがある。ボクの母親に対する気持ちがまさしくそれだ。


「お前を利用しようとしたのは事実だし、ボクを責めても構わないぞ」

「ええっ!」


 ミナセは困ったような顔で考え込んだ。


「じゃあ僕のお願い聞いてくれる?」

「なんだ?」

「もし君の世界に行けたら、色んな場所を案内して欲しいんだ」

「……確約はできない」


 ミナセがボクの世界に来れるのかという疑問は一旦置いておく。


「陽彩ちゃんがこの世界に留まることを望むなら、ボクも元の世界に帰らない」

「元の世界で君を待ってる人はどうなるの」

「そんな奴はいないさ」

「君の、お母様は?」

「もう何年も会ってない。ボクなんていないのと一緒だろうな」

「えっ……どうして」

「刑務所……いや、牢屋って言った方がいいか。ボクの母は牢屋にいる」


 ミナセはまた驚きの声を上げた。


「君のお母様、悪い事したの?」

「……ボク以外の家族を皆殺しにした」

「みな、ごろし……?」


 ワンテンポ遅れて言葉の意味を理解したのか、ミナセは青ざめた。


「自分の幸せな生活のために、他の奴らを犠牲にした。だから一生、牢屋から出られないんだよ」


 馬鹿な女だ。自由な生活を得るために行動した結果、より不自由な生活を送る羽目になったのだから。



 飲み物を仮眠室に運んでからしばらくすると、ダイチとホムラが戻って来た。

 二人が運んで来た食材は山ほどあり、テーブルに乗り切らない。


「こんなにたくさん、食べきれるかなぁ」

「ミナは小食だからな。ま、足りねーよりいいだろ。腹減ったしちゃっちゃと作ろうぜ!」


 ミナセがご飯を焚き、他の三人が食材を切ることになった。


「おれの包丁さばき見てろよー!」


 ダイチはぶんぶんと包丁を振り回した。お前が勝手に怪我をする分には構わないが、こっちに向けるな!


 危なっかしいところはあるが、器用なだけあってダイチは綺麗にジャガイモの皮を剥いて行く。そのままひと口大に切ったかと思うと、ジャガイモを何かの形に形成し出した。


「じゃーーん! ほら、見ろよミナ! 可愛いだろー?」

「わぁ、猫ちゃんだぁ!」


 猫の顔の形に切ったジャガイモを、ダイチは得意気に見せびらかした。ホムラがめちゃくちゃ反応している。


「ダイチ凄いね、次はワンちゃん作って」

「いいぜ!」


 ダイチはまた器用にジャガイモを切って行く。その様子をホムラは凝視していた。


「な、なんだよ狩人! おれに文句あるのかー?」

「……いや」


 恐らくホムラは自分でも可愛い形に切りたくて、ダイチの手元を見ていたのだろう。ボクは構わずニンジンの皮を剥いて行った。


「宗護君ってお料理上手なんだね」


 ミナセがボクに感心したような視線をくれた。


「一人暮らしが長いからな」


 カレーライスなんてこれまで死ぬほど作って来た。


「見ろよミナ! 犬作ったぜ!」


 ダイチの声に、ボクは奴の手元を見た。今やすっかりミナセの飼い犬と化した子犬の魔成獣そっくりだった。


「……器用すぎるだろ」


 思わずツッコミを入れる。


「次はなに作るかなー?」

「咲衣……」

「んー?」


 ホムラはファイアーウルフに視線をやった。


「こいつー? いいぜ。せっかくだから赤い方がいいよな! 宗護、貸せよ」

「あ、ああ」


 ダイチはボクが剥いたニンジンを取り上げた。


「おれの芸術が爆発するぜ~」


 わけのわからないことを言いながら、ダイチはニンジンをファイアーウルフの形に切って行った。


 カレーは死ぬほど作ったが、誰かと一緒に作るのは、母さんと一緒の時以来だな。今の状況を楽しんでいる自分に驚いた。


 具材を全て鍋に突っ込んだら次は味付けだ。この世界にはカレールーが無い。代わりに大量の調味料とスパイスの瓶があった。味付けがよくわからないから雑に全部持って来たんだろう。

「適当に入れれば大丈夫だろ!」と言って鍋にスパイスを入れようとしたダイチをミナセが止めた。


「ダイチはいっつもレシピ読まないんだから!」

「だって読むのめんどくせーもん」

「図書館にカレーのレシピ本あるかなぁ」

「もう分量とか適当でいーじゃん。な?」


 いいわけないだろ。


「ボクの知ってる味付けでいいなら作るが」

「宗護君、それって君のお母……」


 ミナセはそこまで言いかけて一度口を噤んだ。


「えっと、味付けは宗護君に任せるよ」

「こいつに任せて大丈夫かよー」

「ダイチが適当にするより美味しいよ。ねぇ狩人君」

「……オレはなんでもいい」


 ボクは記憶を辿りながら鍋に調味料とスパイスを加えた。味見をしながらスパイスの量を調整すると、徐々にあの女の味に近づいた。

 舌が母さんと一緒にカレーを作った時の記憶を呼び覚ました。

 意外にも嫌な気持ちにはならなかった。


 出来上がったカレーを林間学校よろしく全員で食べる。


「宗護君、とっても美味しいよ」


 ボクを気づかってか、ミナセはそんなことを言った。ダイチは「まぁまぁだな」と、素っ気ない態度だったがおかわりしていた。

 ホムラはニンジンで作られたファイアーウルフをじっと見つめている。食べるのが勿体ないというところだ。


「おれの力作食えよー」

「だが……」

「これくらいまた作ってやるって!」


 ダイチの言葉に安心したのか、ホムラはニンジンを口に入れた。ミナセはにこにこしながら二人を見ていた。


「こういうの楽しいね。またみんなでやろうね!」


 ミナセの足元で子犬の魔成獣もはしゃいでいた。言葉にはしなかったが、ボクもミナセと同じ感想だった。


 大量に作ったので余るかと思ったが、気づけば鍋は空っぽになっていた。

 後片付けを終えると、ダイチはソファーに体を埋めながら膨らんだ腹を満足そうに撫でた。


「ダイチ、食べすぎだよー」

「仕方ないじゃん、ゴーレム動かすのにめっちゃマギア使ったし」

「そう言えばゴーレム君達、どうしたの?」

「元いた場所に返して来たぜ。契約したから、呼べばいつでも来てくれるんだぜ!」

「いいなぁ。ゴーレム君、格好よかったよね」

「今度はミナも乗せてやるよ」

「いいの? やったー!」


 ミナセとダイチが楽し気に会話している。気にかけていた親友といられて嬉しいのか、ダイチが戻って来てからはミナセのメンタルがかなり安定していた。

 ダイチは兄のようにミナセの世話をしている。これまでの二人よりずっと健全な関係かもしれない。


「いっぱい食ったら眠くなって来たなぁ」

「うん……僕も」


 ミナセが目を擦りながら言う。


「二人とも、もう寝ろよ。明日は祈りの儀式をしなきゃ行けないし、ミヤとの戦いも控えている」

「そうだね。……おやすみ」


 ミナセとダイチは連れだってベッドに向かって行った。


 ボクはまだ眠くなかったので、食後の紅茶を味わうことにした。


「ホムラも飲むか?」


 ケトルで湯を沸かしながら問いかけると、ホムラは頷いた。ボクは二人分の紅茶を作り、テーブルに置いた。


「……明日、お前の愛する者を救えるといいな」


 ホムラが口を開いた。ボクは奴と向き合って座る。


「救うつもりだよ。どんなことをしたとしても」

「……その女が敵に回ったら、お前はどうする」

「ボクはいつでも彼女の味方だ。敵になることなんてない」

「……そうか」


 ホムラは紅茶の入った紙コップに口をつけた。


「すべて救うことはできない。全部叶えることもできない。……何を選び、何を切り捨てるか」


 ボクは熱い紅茶を飲み込んでから言った。


「お前と一緒だよ。ボクは愛する者の幸せを選ぶ」

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