第42話 (11/14) ライフレビュー(さくら)

「では、次にさくらさんですが、まずは小さい頃にしますか」


 今度はさくらが二歳の頃の映像が見えてきた。

 一緒にいるのは六歳のかえでと両親。


 四人で庭の手入れでもしているようだ。よちよち歩きのさくらが小さいじょうろを運んでいる。お母さんが声をかける。


「さくら、力持ちだね。こっちのチューリップに水をかけてくれる?」


 幼いさくらはにこっと笑って、水をやろうとするがなかなか難しい。

 お父さんはカメラを持って、娘を写真に撮っている。

 かえでがさくらを助ける。


「さっちゃん、大丈夫? 手伝うよ」


 しっかりしたお姉さんという感じでさくらを補助する。

 水をあげ終わったさくらは、またよちよちとお母さんの方に駆け寄っていく。

 しゃがんでいたお母さんが振り向くと、満面の笑みのさくらの顔が間近に見えた。


「できた」

「さっちゃん。ありがとう」


 眩しいさくらの笑顔がお母さんの心を幸せいっぱいにしているのが良くわかる。


「さくらさんの子供の頃は最高ですね」

「いやめっちゃ可愛いな」


「私、家族に愛されていたんだな。純粋でうれしさいっぱいの心だね」

「問題ありませんね。次に行きましょう。小学校高学年から高校にかけてです。」


 さくらは見かけ上は順調に思春期を過ごしたが、内面では友達付き合い、男友達との関係などに悩むことが多かった。一人でいるときの表情はやや沈みがちである。


「見てください。男子に人気があるせいか、女友達から敬遠され気味なところで心が少し傷んでいます。男子とも相思相愛になることがなく、別れる度に心の傷が増えていっています。そしてそんな気持ちを外に吐き出さず、自分の心の中に閉まっているので、心の痛みが癒えません。実はこの辺が将来の体の変調にも繋がってしまうのです」


「そういえばずっと苦しかったな」

「人は見かけによらず心に傷を負っているんだね」


「そうです。自分でも他人でもいいので、誰かが傷ついた心をいたわってあげないといけないのです」


 さらにいくつかの映像を見た後、さくらの人生終盤の二十七歳、娘のくるみが二歳の頃の映像になった。


 まだがんは見つかっていないが、ほとんどシングルマザーの状況でくるみを育てていた頃だ。


 自宅の近くを一緒に散歩をしている。くるみはいつも優しいお母さんのさくらが大好きだ。


 でもさくらは、いつもあまり元気が無い。かえでと話をしているときは明るいが、他にあまり話す人がいないようだ。


 さくらは結婚してからの三年間はつらいことばかり。心はずたずたであった。それでもくるみだけが生きがいで、この子を見ている時はつらいことも吹っ飛んでしまう。


 くるみはさくらと手を繋いで歩きながらさくらを見上げた。まだあまり言葉を話せないが心の声が聞こえる。(私、お母さんのことが大好き)


 さくらには伝わったらしい。


「くるみ。私も世界で一番くるみのことが好きだよ」


 家に帰って来ると、くるみがさくらにぎゅっと抱き着いてきた。夕日が窓から差し込んでいる。また、くるみの心の声が聞こえた。(お母さん、ずっと一緒にいて)


 さくらは少し目が滲んで、くるみの姿がぼやけた。


(どんなに生活がつらくてもくるみがいれば私は幸せ)


「ママ、だっこ」


 さくらの脳裏にはくるみの声が永遠に刻まれた。

 心の傷も癒されていくようだった。


「私、胸がいっぱい。ついこの間のことだから……」

 サラは感極まっていた。


「くるみちゃんはさくらの命だね」

 ショウも言う。


 見習いも言葉を詰まらせて、かろうじて小さい声を絞り出す。

「……終わります」


 一緒に見ていたマスターが口を開いた。


「くるみさんの効果もあるんだけど、さくらさんの心は傷つきながらもすごい包容力や影響力があるんだよ」


「思春期の頃から亡くなるまで色々とつらい思いをしながら生きていたんだものね」


「その通り、生きている間一度たりとも優しい心を捨てずに、泣き言も言わずに耐えてきて苦しかったと思う。また人からはそう見えなかったから、あまり助けてもらえなかったしね。そう言った優しい気持ちや、若くして亡くなられたことから、マスター間でも非常に評価が高い」 


 マスターは一呼吸おいてサラを直視した。


「サラさん、これはかなり特別な事なんだが、サラさんもショウと同じくマスター見習いになってもらいたい」

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