宵闇の魔術師と囚われの乙女
雨宮こるり
プロローグ
「どこへ行くつもり?」
ひやりとするほど冷たい声に、ディアーナはぎょっとして動きを止めた。
手摺に掛けていた手はそのままだが、心臓は早鐘を打つ。
「君がここを出るための条件は、すでに提示したはずだよ?」
背後から、カツカツカツと近づいてくる足音に、体が反射的に強張った。
そう、ディアーナは好き勝手に屋敷を出ることができないのだ。
だからこそ、夜中にこっそりと脱走を企てた。
「それに、ここは二階だ。飛び降りて、無事で済むとは思えないな」
足音が止んだので、思い切って振り返れば、窓枠に寄りかかるようにしてユーリが腕を組んでいた。宵闇色の髪は月光を反射し、きらきらと輝く。
小首を傾げ、ディアーナを見つめるユーリの瑠璃色の双眸は、鋭い光を湛えていた。
名匠が作り上げた人形のように、幻想的な美しさを放つ魔術師ユーリ。
出会い方が違えば、きっと魅入られてしまったに違いない。
けれど、今のディアーナにとって、美しいユーリの造形は、禍々しくさえ感じられる。
「それに、君はまだ取り返していないでしょう? 手ぶらで帰ったら、子供たちが悲しむんじゃない?」
「それは……」
思わず言葉が出るが、その先が続かない。
「だって、君はそのためにわざわざこんな辺鄙なところまで来たわけでしょう?」
ユーリは口の端を上げて、ふっと笑った。
「責任感の強い君のことだ。何もかも投げ出してここを出るなんてできないよね?」
窓枠から身を起こし、ユーリはバルコニーに足を踏み入れた。
後ずさろうとしたディアーナは、すぐに手摺にぶつかってしまう。
その間にも、ユーリは一歩一歩と距離を詰めてきて、ついに息のかかるほど近くまで来ると、足を止めた。
ユーリの白い手が伸び、ディアーナの頬を指でなぞるように撫でる。
ぞわりという感覚に、びくりと肩が跳ねる。
「ねえ、ディアーナ。君は賢明な判断をすべきだ。僕を失望させないでよ」
ユーリは言いながら、今度は耳元に顔を寄せた。
それから、声を潜め、クスクスと笑う。
「ここにいるかぎり、君は僕の掌の上にいるも同然さ。従順でいることだね」
面白そうに笑うユーリの声が、耳朶をくすぐり、ディアーナはぎゅっと目を瞑った。
「まあ……僕としては、ずっとここにいてもらって構わないのだけれど」
さらりとした宵闇の髪が、ディアーナの頬に触れ、離れていく。
「さあ、捕らわれのお姫様。夢の世界へご案内しましょう」
気取ったように言って、ユーリはディアーナの手を取り、指を絡めてくる。抵抗しても無駄で、するりと全ての指の間に細く長い指が入り込んだ。
「さあ、寝台へどうぞ」
反論も反撃もできず、ディアーナは悔しさと無力感で唇を噛んだ。
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