第8話 これは、監禁……?

 寝起き早々に頭を悩ませるも、俺はなんとか着替えて大学へ登校する。


 大学へは徒歩で三分ほどだ。


 アパートを出ると、ほとんど目の前に校舎がある。


 そこから歩き、一限目の授業がある教室棟までキャンパス内を移動するのだが……。


「ねえねえ、あーくんあーくん? 私、監禁されているんですよね? どうしてお外へ出られているんでしょう? もっとあーくんのお部屋の空気を吸っていたかったです」


 イチャラブカップルもびっくりなゼロ距離くっつきで俺の腕を抱き、質問をしてくる保野さん。


 ちなみに、彼女が今着ているパーカーと長ズボンは俺のモノだ。


 保野さん自身の持っている私服は、今全部彼女の家にある。


 とりあえず俺のモノを着させるしかなかった、という状態だ。


「……してますよ。監禁」


「え……? でもでも、今ここは大学のキャンパス内で――」


「心の中では監禁してます。心の中ではね」


「心の中ですか……?」


 きょとんとする病みストーカーさん。


 俺はため息をつきながら返した。「ええ」と。


「監禁するって言ったって、学業の邪魔まではしませんよ。授業受けなきゃ単位も取れないでしょうし」


「大丈夫です。あーくんのためなら、私は大学の単位なんて全部取れなくてもオーケーなので」


「いや、お願いだからそんなこと言わないでください。保野さんの親御さん、きっと泣いてます」


「お金も無ければ言ってください。私、アルバイトなどは特にしておらず、親の仕送りと奨学金で生活しているのですが、それもあーくんのためとなればすべてお渡ししますので」


「ほんとやめて!? それだけは絶対にダメ! お金はちゃんと自分のために使うこと! 無駄遣いもしちゃダメですよ!?」


「えへへ……はぁい。あーくんに怒られちゃいました。……はぁ……はぁ……♡ 朝から幸せの過剰摂取です……♡ 死んじゃってもいいくらいです……♡」


「っ~……」


 本当にわかってるんだろうか、このストーカーさんは……。


 俺が再度ため息をつく横で、とろけそうなほど幸せな笑みを浮かべている。


 まあ、不機嫌になられるよりかは全然いいんですけどね……悔しいけど、可愛いし………………悔しいけど。


「でも、保野さん? ちゃんと聞いてなかったですけど、単位とか今どれくらい取れてるんですか? 前期はしっかりやれてました?」


「…………大丈夫です。はい。それはもちろん」


「絶対大丈夫じゃないやつですよね? 完全に最初変な間がありましたもん。成績表とかスクショしてないですか? 俺に見せてください」


「あーくん、今日はお夕飯何が食べたいですか? 私、いっぱいいっぱい愛情込めてお作りします」


「はい、誤魔化さない。もう見せなくてもいいですから、だいたいどれくらい取れてないのか教えてください。場合によっては保野さんを意地でも授業へ連れて行かなくちゃいけないかもなので」


「……ご……です」


「え?」


「ご……い……五つです……」


 問答無用だった。


 確定。


 これは日中絶対に授業へ連れて行かなきゃいけないやつだ。


「や、やだぁ! 嫌です! 授業やだぁ! 授業受けてたらあーくんのこと見てられないじゃないですか! そんなの死んじゃう! 死んじゃいますよぅ、私ぃ!」


「この程度で死ぬわけないでしょ! ダメです! 絶対に授業は受けてください! 留年したらどうする――っていうか、そんなに言うんなら逆に取れてる単位は何なんですか、取れてる単位は!」


「それはお料理関係の授業です……。料理について学べば、あーくんへ美味しいものをたくさん作ってあげられるので……」


「っ……。じゃ、じゃあ、他の授業も俺のためだと思って頑張ってくださいよ! 留年したら保野さん、俺より長くこの学校にいなきゃいけなくなるんですからね!?」


「――! それは確かに、です……!」


 素直にハッとしてくれる。


 けれど思った。


 俺たちは、こんな人通りの多いキャンパス内で、何をわちゃわちゃやっているんだろう、と。


 さっきからちょくちょく通りがかる人が俺たちのことをチラチラ見てくる。


 にぎやかに会話し過ぎているんだろうか。


 その辺りも気になるけど、とにかく保野さんのことが最重要事項だった。


 なんとしてでも授業は受けさせないと。


「ほら、そろそろ別れなきゃいけないところですよ。人文学部の教室棟はあっち。栄養学部の教室棟は向こうです。昼休みまでお互い頑張りましょうね」


「やだぁ! あーくん! やですぅ! 傍にいてぇ、あーくぅん!」


 言った途端、幼稚園に送ってもらってお別れする時の幼児みたいな駄々のこね方をする保野さん。


 何度も言うが、周りで人が見てる。


 俺は頬を引きつらせながら、強引に腕を振り払うのを試みる。


 ……が、それは叶わなかった。


 仕方なく、保野さんの頭を撫でてあげる。


 すると、ゆるゆると腕を抱いていた力が弱まっていき、解放してもらえた。我ながらいい作戦だ。


 情緒不安定か、と思うほど、今は保野さんもニコニコしてる。


 マジでどうなってんだ、この人の感情回路。


「じゃ、とりあえず昼休みに俺は家まで帰るんで。会う人とかいなかったら保野さんも帰って来てください。鍵開けるんでね」


「……へへ……へへっ……えへへ……」


「……? どうしたんですか? そんな不気味な笑みを浮かべて」


「だって……今のやり取り……なんかカップルっぽかったですから……」


「……っ」


 言われ、俺は恥ずかしくなった。


 保野さんに背を向け、歯切れ悪く挨拶する。


「また後で」と。


 保野さんは仕方なさそうに頷き、


「また後で、ですっ! ご主人さまぁ!」


 大きい声でそんなことを言ってきた。


 当然周りはざわつき、俺たちの方を一斉に見る。


 俺は極限の恥ずかしさを覚え、走ってその場を後にした。

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