右目。


 Aさんはある日、港の近くで、変なモノを見たのだそうだ。


 長い灰色のザンバラ髪に、ぐっしょりと濡れた赤い着物をまとった女。多分、老婆だと思ったそうだ。


 別の日、Aさんは違う場所で、また見た。


 長い灰色のザンバラ髪に、ぐっしょりと濡れた赤い着物を纏った女。多分、前に見たのと同じモノを。


 そして別の日、違う場合で、また見た。


 Aさんは、思ったという。段々と家の方に近付いている? と。


 そして、数日後。Aさんは夢を見た。


 全身が濡れた、ザンバラ髪で褪色たいしょくした赤い着物の老婆が、寝ているAさんに覆い被さるように見下ろして、わらっていた。


 その老婆の顔には、フジツボが幾つも貼り付き、ぷんと磯臭い匂いが強くしたそうだ。


 しわしわの手の、魔女のような黄色くて長くい、汚ならしい爪がAさんの顔面……右目に突き付けられたという。そして、その老婆がいやらしく言ったそうだ。


「その右目、抉ってやろうか?」


 しゃがれた声になまぐさい息。


 酷くムカついたので、


巫山戯ふざけンなクソ野郎がっ!?やれるもんならやってみやがれっ!?」


 と、大声で怒鳴った自分の声で、Aさんは目を覚ましたそうだ。


 今のところ、Aさんの右目は無事だ。


 そのクソババアも、二度と見ていないという。

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