第34話

「ねぇねぇ、お兄ちゃん! 聞いてー」

「どうした?」


 急に杏奈に肩を叩かれて、亮は持っていた箸を置く。


「あのね、先生がこのまま順調にいって、リハビリを頑張れば、後1ヶ月で退院できるんだって!」

「本当か!?」


 隣で聞いていた恵里香や麻奈美も「良かったねー」と祝福の言葉を贈る。


「そうなると、俺の役目も後1ヶ月で終わりだな.....」

「まだバレる可能性がありますから、もう直ぐ終わるからって気を抜かないでくださいね」

「わ、わかってるよ!」


 ほっとした表情を見せる亮に恵里香は強く釘を刺す。


(ようやく終わりかぁ、長かったような短かったような.....)


「ところで亮くん、もし杏奈が学校へ行ったら亮くんは何をするの?」

「えっ?」


 予想だにしていなかった麻奈美からの質問に亮はフリーズする。


 妹に扮して配信をしているなんて言った日には、ドン引きされて2人に口も聞いてもらえなくなるだろう。


 ここは適当に茶を濁すしかなさそうだ。


「確か、1人で部屋に引き篭って妹に扮して配信をしながらニート生活をするんですよね?」

「ちょ、ちょっとお!?」


 墓まで持っていくつもりだったのに、このメイド全部話しやがった。


 絶対嫌われたと亮は頭を抱えていた。


「お兄ちゃん、私の可愛さを全世界に広めてくれてるの!? 嬉しい!!」

「配信で稼いでいるの!? 亮くんすごーい!!」

「へ?」


 何故だか知らないが、褒められてしまい亮は唖然とする。


(あれ?引かれるどころか、褒められてる?なんで?)


「ねぇねぇ、亮くんなんて名前? 今度見るから教えてよ!」

「私も配信に出たーい!! ねーいいでしょう?お兄ちゃん?」

「いや、それはちょっと.....」


 それから2人は興味津々に気の済むまで質問攻めをされれてしまっていたが、内心引かれなくて良かったとほっとしていた。


(そういえば、最近生放送やってないな、どうなっているんだろう?)


 SNSで自分の名前を検索し、反応を確認すると、ほぼ全て阿鼻叫喚のコメントばかりであった。


 絶対彼氏できただろ?や失踪した等のコメント見受けられ、さらに口にも出したくもないコメントも見受けられたので、亮は身震いする。


(見なかった事にしよう)


 そっと亮はスマホの電源を切ってポケットにしまう。


「あれ!? 皆さん! こんなところで何してるんですか!?」


 聞き覚えのある声が聞こえて一同フリーズしてしまう。


「皆さん、お元気そうで何よりです!」


 予想通り、近づいて来たのは、なんと唯だった。


「あ、あれ?唯ちゃんどうしてここに?」


 慌てて声色を杏奈に変えて、亮は唯に聞く。


「家がこの近くで、よくこの公園を散歩してるんですよ!」

「へ、へぇそうなんだ......」

「ここにいるなら、誘ってくれればい……いいのに!?」


 東屋の中に入ってきた唯は亮と瓜二つの姿をした杏奈に驚愕する。


「あ、あ、あ、杏奈様が2人!?」

「お、落ち着いて! この娘は私の妹なの!」


 パニックになった唯に説明をすると、きょとんとしてしまう。


「初めまして〜杏奈の妹の杏子杏子きょうこと言いまーす!」

「は、初めまして! 唯と言います!」


 お互い自己紹介をして、2人は何気ない会話始める。


「唯ちゃんは、よくここに来るの?」

「はい! 小さい頃からよく来てます!」

「私もだよ!」

「え、そうなんですか!?」


 恵里香と亮は2人の会話を固唾を飲んで見守っていた。


「ね、ねぇ大丈夫かな?」

「多分……」


 冷静に亮は答えるが、内心はかなり焦っている。


 何かの拍子にお兄ちゃんなんかと言われた日には心臓が止まりそうになるかもしれない。


「唯ちゃんとは気があいそうー!」

「私も杏子さんと仲良くなれそうです!」


 気が合ったのか、いつの間にか2人は仲良くなっており、意気投合していた。


「あの良かったら、連絡先とか交換しませんか?」


 予想外の出来事に、亮と恵里香は心臓の鼓動が高鳴る。


 何故なら、今杏奈と連絡先を交換されると、杏奈が2人になっていろいろとややこしいことになるからだ。


 おそらく今杏奈の方も、2人と同じ心境だと思うが、このピンチをどう乗り越えるか、亮は後ろから見守る。


「ごめん、今スマホ持って来てないや!」

「そうなんですか? 残念です」

「また今度交換しようね?」


 がっかりする唯に慰めるように杏奈は約束した。


 すると唯の持っていたスマホの通知音が鳴る。


「あ! そろそろ帰りますね……またサロンで!!」


 急用ができたのか、唯は名残惜しそうな顔で早足に帰っていった。


「危なかった.....」


 唯の姿が見えなくなったのを確認した亮は声色を元に戻す。


「心臓が止まるかと思いました.....」


 珍しく恵里香も大量の冷や汗を掻いており、持っていたハンカチで顔を拭きながらほっと一息つく。


「こんなドキドキしたの、生まれて初めてかも.....」

「本当に何事もなくて良かったね」

「まぁこんな思い2度はしないだろうさ」


 そう亮は完全に安心しきっていた。

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